雷の波濤 満州国演義7





題名:雷の波濤 満州国演義7
作者:船戸与一
発行:新潮社 2012.06.20 初版
価格:\2,000



 ノモンハン以降ソ満国境は睨み合いとなり、ドイツ帝国の情勢を待たずに、この国は日米開戦という有史以来最も愚かな選択を行ってゆく。開戦当時は無敗が続く中で国民は異様な戦勝のムードに浮き足立つ。軍に統制された新聞は国民に夢のようなことしか書かない。

 満州事変はまだしも夢や理想に支持されたものがあったろう。しかし、その後蒋介石率いる国民革命軍は持ちこたえ、中国共産軍・関東軍と勢力のトライアングルの中で膠着してゆく。日米開戦を前提にすれば兵站の不足が想定されるゆえ、石油を求めての南シナ海沿岸の国々への出兵となる。英仏からの独立運動支援というスローガンを笠にきた領土侵犯以外の何ものでもない戦争行為を、日本は世界を敵にしてまで推し進めてゆく。

 陸・海軍間の争い、政党の崩壊、大本営の混沌。すべての要素が日本を率いるべきでない者たちの選択に委ねられ、破滅の方向を目指してゆく。そんな動きの中で、敷島四兄弟はさらに翻弄されてゆくかに見える。太郎は外務省高官として、次郎は戦争請負人のような柳絮の如き立場で、三郎は憲兵隊大尉として、四郎は満映脚本部職員として、いずれも祖国を遠くにしながら、歴史という残酷な御者の立つ四輪馬車に乗せられて搬ばれてゆく。

 真珠湾攻撃によって日米は開戦の火蓋を切るが、日本が宣戦布告前に攻撃を開始した、あるいはそのように米国側が仕組んだこと、そして空母だけが見事に真珠湾から避難していたことなどは、他の書物でも頻出している。これによって日本は卑怯な先手を打った国として国際的に避難されたばかりか、太平洋戦争での制空権を失ってゆく。すべては開戦時からアメリカ側によって書かれたシナリオ通りの展開となってゆく。

 国を導くはずの権力者たちがお互いに疑心暗鬼となってゆき、思わぬ方向にすべてが向かってゆく戦争とう力の狂気を数多くの書物が描いて来ているとは思うが、船戸世界では、わずか4人の主人公らの眼を持ってこれら巨大な誤てる国家の動きを描いてゆく。どこにも勧善懲悪は存在せず、人間が生きてゆくことが罪であるかのように。聖書のように。預言書のように。

 この先は読みたくないな、と思いつつも文章の力によって読まされてしまう船戸的亡国論。何の結論も出ていない本書ではあるが、この物語の辿り着く果ては見たくなくても否応なく開示される地獄絵図になるだろう。そんな予感ばかりが強まってくる本巻である。刮目して対峙すべし、か。

(2015.01.10)
最終更新:2015年01月10日 11:37