夜明け遠き街よ




題名:夜明け遠き街よ
作者:高城 高
発行:東京創元社 2012.08.20 初版
価格:\1,700



 すすきのという北の不夜城は、ハードボイルドを展開させるのに決して向いていない街じゃない。常々ぼくはそう思ってきたし、東直己という作家も頑張ってそのことにこだわった作品作りを重ねてきてくれた。最近は同氏の『探偵はバーにいる』はシリーズとして二本も映画化されるに至り、このままシリーズ化されても当たるのではないかとの期待が入るくらい、フィルム・コミッションでも優れた価値を見出されているすすきのである。

 でありながら、本格ハードボイルドの息づくすすきの小説としての決定打はなかなかなかったように思う。だからこそ、本書の価値はすすきのを舞台として信じてきたぼくのようなこだわり読者にはこの手の作品の価値がたまらなく高く感じられるのである。

 高城高。釧路や仙台をそして札幌をハードボイルドの舞台として書いてきた、元道新のブンヤであった書き手。記者人生の後にふたたび戻ってきてくれた作家として日本ハードボイルドの読み手たちが手を拱いて見守っているこの注目すべき作家が、証明してくれたのである。すすきのがハードボイルドの街であることを。否、かつてそうであったことを、だろうか。

 かつてバブルたけなわであった時代のすすきのを舞台に黒服として生きた男の、ストイックでたまらない人生の方式をきっちりと描ききってくれたのがこの小説。特にミステリーやハードボイルドの体裁を取っていない連作短編型式の小説群とは言え、一冊の長編として、次々に主人公の前に迫る様々な障害を彼なりの一流の流儀で解決してゆく有様は、他の凡百なドラマでは決して味わうことのできないビター・ストレートである。

 ぼくが札幌に暮らし始めたとほぼ同時に、バブルははじけた。某大手金融機関が倒産し、少なからぬ影響が周囲にも出た。犠牲者も。それを弔う悲しい家族や関係者の姿も目撃した。バブルが遠くなる頃に使ったタクシー・チケットを見て運転手が懐かしいなあ、今時チケットも使われなくなったけれど、バブルの頃は誰も彼もがチケットを束ごと持っていた、と話すのを聞いた。

 ぼくの知らないバブルのすすきのを再現してくれたのが本書である。その頃夜の街を通り過ぎていたいくつものの札束と、高級酒と、きらびやかな電飾に、美しい女たち。その裏側で対立する組織や警察の暗闘。経済の冷たい戦争。

 当時の街を再現したかった、と作者があとがきで語る以上のことをこの小説はやっているような気がする。ぼくの知らなかった街と時代とを、この小説はそこらを歩いている若者たち以上に生き生きと魅力的な人間たちを再現することで、まるごと復活させているようにしか見えないのである。

(2015.01.07)
最終更新:2015年01月07日 17:25