黒い瞳のブロンド




題名:黒い瞳のブロンド
原題:The Black-eyed Blonde (2014)
作者:ベンジャミン・ブラック Benjamin Black
訳者:小鷹信光
発行:ハヤカワ・ミステリ 2014.10.15 初版
価格:\1900

 熱心なチャンドリアンではないまでも、フィリップ・マーロー・シリーズの後日談と言われて食指が動かないわけもない。この世の文学の中で最も信奉するハードボイルドの根っこの一つみたいな存在であるチャンドラーを、現代に蘇らせようという人がいるならば、せっせとその火事場に駆けつけたいという野次馬根性もしっかり持ち合わせている限り。

 チャンドラーはハードボイルドと言われるが、ハメットやヘミングウェイに比べるとやはり饒舌と言われる。もっともハメットのサム・スペードやコンチネンタル・オプに比べ、マーローは明らかに饒舌である。作者が託した饒舌の妙、と言ってもいい。米国に移住したとは言えチャンドラーはパルプフィクションの作家にとどまらず、ハードボイルドと言われる地平においても騎士道精神を貫かざるを得ない英国文学の血流のもとに生きていた。娯楽小説でありながら英米文学の正当なる直系として脈々と受け継がれるための条件を備えていた。文学性、気品、あるいはそれ以上の人間的なる何か、等々。

 しかし、そうしたチャンドラーという、およそ手法とキャラクターが確立してしまった作風のシリーズを、改めて再現させようというのは、よほどのやる気と強い自負、誇り、その他(あればあるほど心強い)がなければ、できない試みであったろう。作者のベンジャミン・ブラックはジョン・バンヴィルの本作におけるペンネームであるとのことである。書きかけ原稿の続きを完成させてみせたロバート・P・パーカー(『プードル・スプリングス物語』)に続くチャンドラー再生の試みに挑んだ名誉あるペンネームであると言っていいだろう。

 また本作は、『長いお別れ』の後日談である。『長いお別れ』は、『ロング・グッドバイ』として後に村上春樹が翻訳したり、NHKでテレビドラマ化されたり、もちろん映画ファンの中では70年代を敢えて舞台にし、ラストは原作と異なる結末としてあまりに印象的であったロバート・アルトマン監督の映画などで、様々なジャンルの人たちにチャンドラーの何たるかは知らなくても、これだけは、というくらいよく知られているであろう、シリーズ中、おそらく最も人気の高い作品である。

 そしてテリー・レノックスという非常に重要な登場人物。マーローの戦争時代の仲間であり、個性豊かで、探偵の人生にとても影響を与えている男の存在が、原書と今甦った続編を繋ぐキーワードみたいなものなのだが、もちろん他にもお馴染みの顔ぶれが、顔または名前を出してゆく。

 何よりもチャンドラーが書いたように書かれている本書のフィリップ・マーローは、映画のエリオット・グールドよりは、ロバート・ミッチャムやハンフリー・ボガートを想起させる純正チャンドラーワールドの住人として安心させられる。グールドのマーローが、アメリカン・ニューシネマの旗手が描いたマーローとしてたまらなく衝撃的で魅力的な探偵だったことはさておいて。

 そしてひねられたストーリーと逆転の見事さ。黒い瞳をしたブロンドといういかにも怪しげな雰囲気を立ち上らせた依頼人に加え、死んだと思われる男がピンピンしているのを見かけたという出だし。何よりもマーローがまた熱い恋に胸を焼かれる気配、等々、まさに『長いお別れ』と重なる、チャンドラーですらこれほどのサービスはしないだろうと思われるようなお膳立てがたっぷりで、現代作家が過去の歴史的金字塔作品の続編に挑むというチャレンジ精神と、フェアに行きたいという騎士道精神を同時に発揮してくれた仕事っぷりがじっくり味わえる逸品となっている。

 ハードボイルド・ファンには垂涎物の話題作であろうが、そうでない方にももしかしてこれがチャンドラー作品に触れるきっかけとなってくれるなら、大変有難いような出版であるように思う。なんであれば、このままシリーズに挑めばどうだろうかね、ベンジャミン・ブラックさん。

(2015.01.07)
最終更新:2015年01月08日 09:41