その女アレックス



題名:その女アレックス
原題:Alex (2011)
作者:ピエール・ルメートル Pierre Letmaire
訳者:橘明美訳
発行:文春文庫 2014.09.10 初版 2014.10.20 3刷
価格:\860

 パリ発のミステリを新作で読めるなんて一体何年ぶりだろうか。ジャン・ボートラン『グルーム』とか、セバンスチャン・ジャプリゾの『長い日曜日』以来だろうか。

 近年北欧ミステリが欧米のそれを凌駕するくらい大量に翻訳されるようになり、ヨーロッパの娯楽小説が見直されてきているが、そういう潮流に、本来の文芸王国であり、フィルム・ノワール、ロマン・ノワールのお膝元であるフランスがこういう作品をきっかけに日本の書店にも並んでくれると有難い。一昨年、フランスを旅行したときに、あちこちの店で目に付いたのがダグラス・ケネディだったことを思うと、黒いミステリはやはり好まれるにせよ、アメリカの小説がなぜこんなに多いのかなと不思議だった。フランスのノワール、頑張れ。

 さて本書であるが、とにかく本の腰巻の賛辞が凄い。池上冬樹、関口苑生が緊張感や衝撃度について語り、何よりも世界一のミステリ・アンソロジスト、オットー・ペンズラーが「近年でもっとも独創的」との科白。凄いね、これだけでも読みたくなる。まして札幌駅前書店で「書店のオススメNo1!」みたいに大量に山積みされている。そしてこの短期間に版を重ねる売れ行きはクチコミ? それとも既にメディアやネットで本書の評判が急流となって迸っているのではあるまいかと思われる。

 その評判にはちゃんとした理由があり、それは本書が、読者の予想をいい意味でとても沢山裏切ってくれる、大掛かりなツイストの効いた小説であるからだ。監禁サイコ小説かと思いきや、その後の展開は異様である。

 また全体に流れるバイオレンスの流れだけであれば暗い緊張感だけの、とても疲れる小説に陥っていたかもしれないが、捜査官カミーユを軸とした捜査チームの面々が極度な個性とユーモアで作品の陽の当たる部分を演出してくれるので、読者は休み休みまた修羅場に戻ってゆく活力を補給することができる。こうした点は、デンマークの警察小説オールスン作『特捜部Q』シリーズなどに見られる小説作法と構成の上でとても似ている部分があるような気がする。

 しかし何といっても作品の逆転また逆転という仕掛けが、ただの仕掛けだけに終わらないところもこの小説の最大の魅力である。アレックスという女性の運命と運命に抗おうとする怒り、それを冷静さに変え逆転を図ろうとする意志の強さ。そういったものがすべての章を通して見えてくるのだが、この人物を作り上げただけでも、「近年でもっとも独創的」とペンズラーを唸らせた意味がわかってくる。

 読み進むほどそれまでの理解を超えてゆく超絶逆転読書体験。本年度の、ミステリ賞を総ざらえしそうな予感がする、これは突出した傑作作品である。

(2014.11.28)
最終更新:2014年11月28日 22:06