殺し屋ケラーの帰郷



題名:殺し屋ケラーの帰郷
原題:Hit Me (2013)
作者:ローレンス・ブロック Lawrence Block
訳者:田口俊樹  
発行:二見文庫 2014.11.20 初版
価格:\952

 前作『殺し屋 最後の仕事』を読んだ途端に、ああ、これほどブラックでスラップスティックな殺し屋という特異な職業のシリーズを、ここまで上手に綺麗に纏めて完結させてゆくストーリー・テリングが世の中にはきちんと存在するんだ、さすがブロックは巧いな、と感心しきりであった。おそらく前作を脱稿したときのブロックは「書き切った」印象は少なからず持ったのではないだろうか。

 でもブロックは凡百の作家では決してない。本作では、あそこまで綺麗に物語を収めておきながら、さらに「もっと書ける」匠の技を見せてくれるのである。前作のぎりぎり感、ノンストップ感などはもちろん求められないにせよ、シリーズを支えてきた坦々とした描写、オフビートで変幻自在なフラッシュバックによる不思議な魅力はさらに保ちながら、殺し屋が前作で辿り着いた新しい境遇からの再出発とでも言うような、あるいは大病の後の療養的意味合いを持たせた、曖昧で、メローな時間をシリーズに与えてくれているのだ。

 家庭ができて娘が生まれ、切手収集という趣味の他、不動産やリフォームなどの実業家という展開まで見せ始めたシリーズを殺し屋に復帰させたものは、サブプライムローンによる景気の低迷により仕事の相棒ドニーとの共有仕事がなくなってしまってきた現状であった。さすが、時代変化にリアルに着いてゆくシリーズであり、作家ブロックなのである。

 しかし、いくら景気が悪いとは言え、殺しの職業を名前と住む場所を変え、さらに継続することには少し無理があるのではないだろうか。その通り。家族との折り合いは? 連作短編の形を取りつつ、本書は、時系列で殺し屋の新天地での第一歩を語ってくれる。それとともにシリーズ初期の時点ではあまり感情を見せなかった殺し屋ケラーが、受けた仕事の意味について、以前よりもずっと迷いつつ、自分で行動を微妙に選択しつつ受け入れてゆくことである。中には受けない仕事もあり、途中で投げ出しても構わない局面に行き当たりもするが、そこでの選択の妙こそが、読みどころであり、ブロックの書きどころなのだ、と思わせる。ブロックという作家は、こうしたところで小説としての旨味を確かに感じさせてくれるのだ。

 連作を通して殺し屋から徐々に重心を家庭にそして一般人としての自分に切り替えようとしているケラーが見えてくる。これまでも殺し屋であるケラーと一般人であるケラーとの二重性がおかしく書き込まれてきた本シリーズであるが、彼のひとつの得意技である殺しという仕事をやめてゆこうとするケラーの言動によって本書は完結する。

 これで本当に完結するとは思うのだが、さて……。

(2014.11.17)
最終更新:2014年11月17日 18:09