天使の帰郷




題名:陪審員に死を
原題:The Jury Must Die (2003)
著者:キャロル・オコンネル Carol O'Connell
訳者:務台夏子
発行:創元推理文庫 2014.02.21 初版
価格:\1,300

 美貌の超クールな刑事キャシー・マロリー、そのシリーズ第7弾。え? まだ7作目だったの? と正直思った。一作一作が濃いせいか、もっと長くたっぷりと付き合ってきたシリーズのように思えてならないのだが、実はまだたったの7作目。一作目からここまで執筆された時間はしかし20年の長きに渡るものだそうだ。なるほど。じっくり書く作家らしいシリーズ。外れのないストーリーテリング。それでいて際立ったキャラクターを次々と生み出すフリーク・ストーリー。まさに唯一無二のオリジナリティを有したシリーズと言っていい。

 前作ではマロリーの乳母(しかし現在では浮浪者)が殺害されるショッキングなシーンから始まる。もちろんマロリーの幼少の秘密が解き明かされる重要な一作であったのだが、本書では、前作の最後に銃弾を四発もくらって瀕死の重傷を追った相棒ライカー刑事のPTSDによるトラウマと彼の恋とが主題になっている。恋の相手は、謎に満ちた女性ジョアンナ・アポロ。やれやれ。この作家は毎度毎度どうしてこうも魅力的で深みのあるキャラクターを造形してくれるのだろう。やはり奇才という名が相応しい作家だ。

 さて本書はこの物語のタイトル通りのストーリーなのであるが、ある事件の裁判に関わるの陪審員12名中、既に最初から10名もの陪審員が犠牲になって死んでいるという呆れた展開。誰が陪審員の正体を明かすのかというと、これまた驚愕、何とラジオ局のDJがラジオ聴取者からの情報提供を放送することによって陪審員の情報が一般公開され、まるで公開処刑のように陪審員が死んでゆくという無理がありそうな展開なのである。

 その無理な展開の中に、トラウマに悩み役立たずとなっているライカー。彼の掃除会社が受け持つ犯罪現場クリーニングの掃除人としてジョアンナ・アポロの登場。彼女に惹かれてゆくライカーという構図が出来上がり、様々な意味でライカーの危うさを懸念するマロリーと、それに協力するチャールズ・バトラーというセットによって、あっという間にオコンネル世界が構築されてしまっているというわけである。そして何よりも際立つキャラ。

 ジョアンナ・アポロとその周辺に広がる死のリング。狂気のDJイアン・ザカリー。死神による連続殺人と怯えながら生き残りを賭ける陪審員たち。警察小説でありながら、常にオカルト的なスリルを全編に漲らせるマロリーのシリーズ。冷酷なマロリーだが、地理に弱く尾行が下手であるなどの弱点が見え隠れしたり、ライカーへの優しさが深い底の方に垣間見えたりと、人間臭い部分が珍しく描かれている一面も本作では見逃せない。

 まだまだ翻訳を急いで頂きたいシリーズである。東京創元社は本当に翻訳が極めて遅い!

(2014.10.29)
最終更新:2014年10月29日 17:18