特捜部Q -知りすぎたマルコ-




題名:特捜部Q -知りすぎたマルコ-
原題:Marco Effekten (2012)
著者:ユッシ・エーズラ・オールスン Jussi Adler-Olsen
訳者:吉田薫訳
発行:ハヤカワ・ミステリ 2014.07.15 初版
価格:\2,000

 のっけからカメルーンでの殺人事件が描かれる。そしてデンマークでは銀行頭取と外務官僚によるカメルーン開発援助プロジェクトに関わる不正が密やかに進行する。スケールの大きい事件ではあるのだが、いきなりステージは一転する。

 イタリアから不法入国したジプシーのような犯罪一族の生態に作者のペンは向けられる。恐怖に虐げられながらスリや置き引きなどの犯罪に手を染める少年の一団が都市の中に散開している。彼らは脱出不能の悪のリンクに閉じ込められた人生を選ぶことのできない無力者立ちであるかに見える。その中でも腕利きで頭のいいマルコが、実は本書の主人公的存在である。

 彼は、あることから見てはいけない組織の謀略の現場を目にしてしまい、夜の公園から独り脱出する。すぐに放たれる追跡者たちの群れ。マルコは逃走する。そう。本書は、たった一人の少年の逃走こそが最大の見せ場である。

 特捜部Qの面々は、トリオの存在の上に、さらにひとり面倒なのが加わって、カール・マークは厄介な立場になりながら、徐々にマルコと、カメルーン失踪事件の真相へと、徐々に近づいてゆく。

 読者だけがすべての経緯を知っており、はらはらしてゆくタイプのサスペンス。そこに子供が追われるというある古典的なモデルの活劇が主軸となる。これだけで面白さは保証されていると言えないだろうか。子供の失踪と言えば、映画で言えば『グロリア』、小説で言えばジョン・グリシャムの『依頼人』などが挙げられるが、どちらも強いオバサンに守られたいわばコンビものである。本書のマルコはその点あまりに孤独である。犯罪仲間の少年少女たちに心のつながりを求めるが、誰もが恐怖に支配されているために、マルコを裏切らざるを得ない。構造悪による子供たちの悲劇、なのである。

 全体としてシンプルな作りだが、だからこそ手に汗握る活劇が散りばめられた、シリーズ屈指の快作であるように思える。このシリーズを一冊だけ読みたいという人に対してはぼくはどの作品でも自信を持ってお勧めすることができるのだがが、少年マルコの活躍ぶりを見ていると、特に世の女性に対しては、この作品を母性本能に訴えるという意味で一押しになるのかもしれない。

 しかしアサドの猪突猛進ぶりと、ローセの母性本能、それらの個性とのらりくらり戦法で対決しつつ、奇妙な居候たちとの家庭問題にも頭を悩ませねばならないカール・マークの人生、いつもながらに嬉しく心強い特捜部Qとの再会が毎度嬉しい本当の意味でのシリーズらしいシリーズなのである。

(2014.10.28)
最終更新:2015年12月20日 16:40