カルニヴィア 1 禁忌




題名:カルニヴィア 1 禁忌
原題:The Acomination (2013)
作者:ジョナサン・ホルト Jonathan Holt
訳者:奥村章子
発行:ハヤカワ・ミステリ 2013.9.15 初版
価格:\1,800

 最近はポケミスでも、相当数、新時代のエンターテインメントと思われる小説が多く散見されるようになった。アメリカの作家であっても、米国国内舞台に限らず、かと言って国際冒険小説というジャンルでもなく、東西ヨーロッパや中南米などを舞台に異国人を主人公にした作品などを果敢に綴ってゆく作家が多くなったように思う。

 その背景としては異国の状況や歴史が調べやすくなった情報社会の進歩ということが十分に考えられると思う。図書館で文献を検索しなくてもあるレベルのものまでであれば、ネットを検索してみるだけでも一通りの情報が得られる現在、国境なき世界に勇躍活躍の舞台を求める小説作品が増えてゆくのもむべなるかな、というわけであろう。

 さてそんなネット社会を背景に、ヴェネツィアというこれまた迷宮要素の高い、歴史も地理的複雑さも兼ね備えた都市を舞台に、英国作家のジョナサン・ホルトが新鮮な作品をかつ三部作という予告付きで世に贈りだしているのをご存知であろうか。

 一見簡単に見える事件の深層に向かって捜査を進めるのが、ヴェネツィア憲兵隊の大尉カテリーナと、イタリア駐留米軍少尉ホリーという二人の女性。それぞれが別々の軌道を経て、同じ事件、同じ闇の奥に存在する謎に行き当たり、小説途中で合流してゆくという構成である。

 そしてさらに本書の邦題タイトルともなっているカルニヴィアというソーシャルネットワークの創設者ダニエーレ・バルボという天才奇人がまたも異なる道から合流して三人のトリオが出来上がるというあたりが本作品のハイライトである。

 ダニエーレというキャラクターが凄まじい。幼少期に誘拐され、切り取られた耳と鼻を資産家の父に送りつけられた末に解放されるという強烈なトラウマを抱え自閉症に陥るが数学の天才でもあるダニエールは人間との繋がりに関心を覚えず、全くの虚構の世界でありながらヴェネツィアそっくりの架空都市カルニヴィアをネット上に作り出し、そこでは絶対的な匿名性による情報の王国が築き上げられている。

 捜査に行き詰まった時の検索基地として存在するカルニヴィアという仮想都市を使っての敵と見方の化かし合いがある一方で、現実世界での血と暴力に満ちた闘争もあり、その向こうに見え隠れするのはボスニア戦争を通して行われた多くの兵士たちの狂乱であり、NATOや米軍の暗躍でもあった。主人公の二人である女性の視点から女性犠牲の歴史を真っ向から凝視して提示して見せた作品でもあり、多くの犠牲者の墓の上に築かれた壮大な物語は、ある正義の意志で貫かれた本物の輝きを感じさせる。

 崇高な精神と泥沼のような世界悪がカオスのようにごった煮にされた町ヴェネツイァ、もしくはカルニヴィアで繰り広げる新時代の冒険小説が誕生。一話完結の型式なのでシリーズ2や3の登場を待たずして楽しむことができる大作である。

(2014.10.27)
最終更新:2014年10月27日 22:53