※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

ジュリアン・ウェルズの葬られた秘密




題名:ジュリアン・ウェルズの葬られた秘密
原題:The Crime of Julian Wells (2012)
作者:トマス・H・クック Thomas H. Cook
訳者:駒月雅子
発行:ハヤカワ・ミステリ 2014.2.15 初版
価格:\1,700

 トマス・H・クックは、人間の内面に旅する物語が多いせいか、空間よりも時間を縦に穿孔してゆく作品が多い。それも鋭い鋼のメスでではなく、浸透する雨垂れの一滴一滴で、静かにしっとりと穿ってゆく文体で。

 なので本書の内容には驚かされた。クックという、心を描くことでファンを掴んできた作家が、このように歴史や国や時代としっかり結びついた長大なスケールの物語を書いたということに対して。初めての試みに巨匠と言われる作家が取り組みを見せたことに対して。

 そう言えば『キャサリン・カーの終わりなき旅』においても、この作家は神秘的ともオカルト的とも取れる新種の作品を書いて我々を驚かせたのではなかったか。今、この巨匠は徐々に自らの可能性を拡大しようと試みているのかもしれない。

 本書は、親友である作家が、ボートの上で両手首を切って、穏やかでありながら、しかし決然と、自らの命を絶ったことから始まる。親友の死を止められなかったことを悔いてやまぬ主人公は、彼の作品を通じて舞台となった場所に彼が求めてきたものに死の謎を見定めようと長い旅を始める。まさにジュリアン・ウェルズの人生をなぞる親友の旅である。

 しかし、亡き親友は、世界中に残虐な事件を追いかけ、インタビューし、それらの残虐さと救いのなさを書き綴るものであり、その傾向にはエスカレートすら見られる。なぜ彼がそうしたものに惹かれていったのか。謎は深まるばかりであるが、一人の行方不明となった女性を彼が追いかけていたという事実に、主人公はついに辿り着く。

 その女性の生涯こそが、スパイ疑惑、裏切り、ゲリラ組織などの渦巻く南米のカオスの中にあったことで、この小説はスケールを大きくしてゆくのであり、それはこれまでのクックには全くと言っていいほど見られることのなかった舞台であり世界である。

 それでも文体は明らかにクックならではの緻密に織り込まれたタペストリーのような精緻さであり、その読書的味わいは少しも損なわれることがない。今後、クックという作家がどこへゆくのか、との高まる興味と期待に胸を弾ませているのは、おそらくぼくだけではあるまい。

(2014.10.27)