パインズ ー美しい地獄ー




題名:パインズ ー美しい地獄ー
原題:Pines (2012)
作者:ブレイク・クラウチ Blake Crouch
訳者:東野 さやか
発行:ハヤカワ文庫NV 2014.3.15 初版
価格:\900

 面白い小説として評価される一冊というよりは、映画化することでけっこう受けるかもしれない、という印象が強い作品。というのも、映画『Uターン』(1997年)を思い起こさせる作品であるからだ。

 『Uターン』という映画は、オリバー・ストーン監督としては娯楽に徹した異色の作品で、ノワール作家ジョン・リドリーの『ネバダの犬たち』を原作とした映画であったが、ショーン・ペン、ジェニファー・ロペス、ニック・ノルティらの騙し合いと、彼らを蟻地獄のように捉える西部の片田舎の町が、見所なのである。

 そして本書『パインズ』は、まさに『Uターン』を彷彿とさせる蟻地獄のような世界であるのだ。違うのは、『Uターン』の原作『ネバダの犬たち』が純然たるクライム・サスペンスであるのに対し、本書『パインズ』は、どこかおかしく、怪しい。ネバダの汚らしい砂漠の街ではなく、パインズは郊外の気象条件の良い何もかも美しく整った街である。それにも関わらず、記憶喪失状態で目覚める主人公を捉えるのは、この街が彼を閉じ込めているのではないか? という全面的な疑惑である。

 とても強烈な悪役に見えるのが町の保安官で、他の人々は誰も彼もが世界に対してとても無関心に思える。次第に記憶を取り戻して自分が行方不明の捜査官を探しにやってきたのに、事故に遭って記憶を失くしたためにあらゆることが朦朧としている。非協力的どころか敵対してゆくこの町の秘密は何なのか。

 さらには襲いかかる暴力、裏切り、惨殺の痕跡などなど、世界はますます歪んでゆく中で、主人公の心が正気か狂気かさえ定かではなくなる。そしてやがて小説世界全体が思いもかけぬ変容を見せる。

 このあたりからは東野圭吾『パラドックス13』のようで、作品に対する読者側の予測を100%根底から覆すのが本書である。思いもよらぬ結末と事の真相に向けて物語は走ってゆくのだが、このあたりからぼくは『Uターン』世界から『プレデター』みたいな世界に変容を遂げた小説にみごとに尾いてゆけなくなってしまった。

 前半のあの迷宮の果てがこれかと、まさに谷底に落とされる感覚を味わうことになる本書。いい意味での谷底で見つめる読者もいるのだろうが、ぼくには少し違った意味での谷底であるのだった。本書の仕掛けが、ぼく好みのものでは全くなかったからである。

(2014.10.27)
最終更新:2014年10月27日 14:26