時の渚



題名:時の渚
作者:笹本稜平
発行:文藝春秋 2001.5.15 初版
価格:\1,524

 通常なら見逃した作品だったろう。昨年のサントリーミステリー大賞受賞作なんてなかなか読まない。一つには行きつけの店のマスターに最後が泣けるいい作品だと進められたこと。一つには最近では珍しい本格的な山岳冒険小説『天空への回廊』が読みたいので、その下準備的に、新人作家のデビュー作しかも受賞作を読んでおこうと思ったこと。

 正直読後三ヶ月経った今、既に内容を忘れてしまっており、あちこち斜め読みして、複雑な事件の謎にもう一度挑戦しなければならなかった。だからと言って読後に放り出した本というわけでもなかった。むしろ良質の捜査小説であった。

 印象はいい作品だった、ということ。何十年も昔に遡らねばならない宿命という風土の上で、砂の器みたいな海辺のラストシーンばかりがやたらに印象に残っていた。父と子の問題が重かったな、かなり切なかったなと。感情ばかりがなにかの残滓のように残ってしまう作品もあるのだ。

 ぱらぱらと読み返してみると、けっこう内容は面白いのだ。人間関係を全体の構図に据えたような作品であり、その中で多くの人間たちに情念が宿ってる。文章もこなれていて新人離れしており、まるでベテラン作家の佳品のよう。今後もチェックしたい作家ではある。

 ただし二つめの目的『天空への回廊』の下準備には全然ならなかった。こちらはまた別の作家が書いたような大がかりな本格国際謀略活劇小説であったのだ。本当に、驚きます。

(2002.8.18)
最終更新:2006年12月17日 21:57