無縁旅人




題名:無縁旅人
作者:香納諒一
発行:文藝春秋 2014.3.30 初版
価格:\1,600


 香納諒一という人が書こうとしているのは、いつも常に人間であるように思う。初期作品の登場人物はストーリーは荒っぽいながらも、舞台設定と男対男の駆け引きの中で忘れ難く魅力的な人物を作り出すところがこの作家の最大の魅力であった。

 最近はというと、少しばかりキャラクターたちから個性という部分が少し色落ちしているように思われる。本書は『贄の夜会』のシリーズということで、またサイコ・スリラーかなと思ったので、その意味では当てが外れた。刑事のシリーズというと二作目三作目は必ずしも一作目を引きずらないというものが多いように思われるが、この作者のKSPシリーズなどは、完全にキャラも分署も街も個性に溢れた魅力的なシリーズであるから、人情系はどちら、サイコ系はどちらと住み分けしてゆくのかな、と勝手な予想が先走った。

 その意味ではこちらの作品はシリーズでなくてもいいのかな、というほど警察側の個性が目立たない。その分、事件の殺伐さの中に世界が囚われてしまったイメージで、ぼくはこの一冊を読み続けることになった。

 ネットカフェで寝泊りする孤独な少女が、見知らぬ男の部屋で孤独に死んだ。彼女は消えた弟の生存を信じて行方を追っていたらしい節がある。シンプルなメインストーリーはそれだけである。しかしそこにいくつもの雑音のような事件が同時に生まれ、事件をわかりにくくする。まるで刑事たちを牽制するかのように、違った種類の悪党たちが、彼らを血も涙も無き犯罪で呼び寄せる。まるで、ブラックホールのような吸引力を持った欲望と絶望にまみれてゆく都市居住者たちの、業に彩られたモザイク模様みたいに。

 ネットカフェ難民を救おうというNPO法人、欲にまみれた企業家たち、金の匂いがすれば暴力を厭わない悪鬼のような若者たち、金の匂いを追い求めるプロフェッショナルたち。そんな呪いのトーテムポールのような欲望の森を、一人の少女が歩いてゆく。その眼には消えた弟の後ろ姿が。

 主軸の物語を、牽制する物語が消してしまっているあたりがどうももったいない。もしかしたら一刑事と少女をもっと強く結びつける運命の糸の描写で一貫させたほうが、悲しみはより悲しく、世界にぽっかり空いた穴の大きさもどす黒さも明確に心に伝わってたかもしれない。最近テクニックで書くようになったベテラン作家には、敢えて無骨なキャラクター造形への回帰を望みたい。そこがこの作家のキモである、と信じているぼくとしては、多分ずっと永遠に。

(2014/06/21)
最終更新:2014年06月21日 16:18