ペテロの葬列




題名:ペテロの葬列
作者:宮部みゆき
発行:集英社 2013.12.25 初版
価格:\1,800



 あまり記憶にないのだが、『誰か』『名もなき毒』については印象深い作品であった。そのシリーズ第三作とあって、買い込んだ一冊。主人公は杉村三郎という、あまり特徴のない小市民的なサラリーマン青年。そして勤める先が、妻の父親が経営する一流企業とあって、肩身が狭い。

 およそミステリには似つかわしくない主人公を据えて、半ばホームドラマのようにミステリを咀嚼してゆく、変わった風味のシリーズとなっているのが特徴ではある。地味ながら、一般市民が巻き込まれるには少し不自然と思われるが、ま、いいか、と思われる可能性レベルで事件とのコンタクトをプロットに課しながら、小説化してゆく作業は、さぞかしタフな作業であろうと思われる。

 ましてや、この作品で最初に主人公が巻き込まれるのはバスジャックである。つい最近読んだ『まほろ駅前狂騒曲』という作品でバスジャックという世界を楽しんだばかりのぼくにしてみれば、え、またか、時代はバスジャックなのか? と驚く程のシンクロニシティーぶりなのだが、それはまた別の世界のものと、やがてわかる。

 本作では幕開けからページターナーぶりを発揮する本作のバスジャックである。もちろんそれそれで作中におけるある種の白眉とも言えるのだが、なんとそいつを元ネタにして、別の部分で残り三分の二を書いてゆく後日談小説がメインというような味わいに、宮部みゆきの真骨頂、彼女なりの個性横溢が見えてくるのである。

 本作はミステリでありながら、実はホームドラマである。花村萬月が、性と暴力の極北のようなハードな小説を書きながら、自分の書いているのはバイオレンスでもハードボイルドでもない、ホームドラマなんだ、と言い切ってきたように、ミステリというジャンルの核心部を泳ぐ作家とのイメージ強い宮部みゆきが、これまで彼女の作品として印象強がった孤独な魂をではなく、生きる家族たちという問題の中に主人公を配置したことが、このシリーズで見え隠れする作家の転換点であるということだろう。

 そういう視点に立てば、思いがけぬ展開を見せるホームドラマ側の方が、ミステリ部分よりも際立ってくる。言わばメインストーリーとサブストーリーの入れ替え小説。そんな切り口で興味深く宮部作品の今後にも広がりが見え隠れしてくる新機軸とも言える、本書は格別な一冊なのではないだろうか。

(2014/06/14)
最終更新:2014年06月14日 23:21