追撃の森



題名:追撃の森
原題:The Bodies Left Behind (2008)
作者:ジェフリー・ディーヴァー Jeffrey Deaver
訳者:土屋 晃
発行:角川文庫 2012.6.10 初版 2012.6.25 2刷
価格:\952

 ディーヴァーにしては珍しい作品だと思うのが本書の初期段階。オーソドックスなスリル&サスペンスですか? 森の中の別荘を舞台に、二人の男女が惨殺されるシーンに幕を開け、そこに駆けつけた女性警察官が巻き込まれる。それだけではなく、殺人犯二人組の視点でも書き込まれる。追跡と逃走の森のなかの物語。まさにタイトル通りのオーソドックスな冒険小説『追撃の森』といったシチュエーション。これは本当にディーヴァーなのか?

 ところがどっこい中盤に来て、どこかおかしいとなってゆく。意外なる展開。裏切りに満ちた展開。巻き込まれゆく、ヒロインの家族。一体、どうなってゆくのかがわからなくなる、追撃の終わり。予感は正しい。そう、ディーヴァーの小説がシンプルな対決構図だけで終わるわけがない。ここからがこのツイストが命な作家の面目躍如たるところ。

 そして登場人物たちの意外な裏の顔と、さらに巻き込まれてゆくヒロイン一家。女性主人公で必然とされるのが彼女の抱えるホームであり、男性一匹狼刑事小説のように暴力こそ仕事というのではないあたりに味噌があるのだ。愛する夫との間に不信の疑惑、不良化する噂を抱えた息子の子育て問題、そうしたホームドラマの要素も含めて、すべてを逆転させてゆく作家の錯綜した物語を追うにつれ、これがあのシンプル・プランみたいに始まった小説と同じ世界かと思わせる。

 そして対決構図は森から脱出後に予想した図面とは全く違ったものに変わってゆき、再逆転! ストーリーはすべてネタバレになるので書くことができないもどかしさをそのままに、といった趣きで口を閉ざすしかないのだが、リンカーン・ライム・シリーズの単純構図に飽きた御仁には、この人の短編作品と同様、本書も実にお勧めしたい一冊。ディーヴァーはひねってなんぼ、というイメージが定着しているが、オフ・シリーズ作品ならではの先の読みにくさも、読書の確たる醍醐味ではないだろうか。

 森と夜に始まり、警察署を軸にした終盤部分で、いろいろなことのつじつまが合ってくる。裏切りと懐疑と誤解とのフィルターが幾重にも仕掛けられていた一方で、人間の愚かさや弱さが見えてくる気がする。人は自分の信じている真相ではないものを見たいように見て、信じたいように信じ込んでしまう。そんな弱さと、弱さから脱すべき希望とを同時に与えてくれるあたり、作者が連続ツイスト仕掛けの果てに見せてくれる、読者への優しき眼差しなのだろう。

(2014.4.8)
最終更新:2014年04月08日 19:06