キング・オブ・クール



題名:キング・オブ・クール
原題:The King of Cool (2012)
作者:ドン・ウィンズロウ Don Winslow
訳者:東江一紀
発行:角川文庫 2013.8.25 初版
価格:\952

 映画版『野蛮なやつら』をまだ見ていない。ラップミュージックで刻んだ詩のような小説原作がとても印象的かつ唯一無比のウィンズロウ節であまりの個性にぶっ飛びそうになっただけに、それの映画版を観るのがどうやら怖いらしい。言葉で刻まれたテンポ良いクライム小説を映画版で見るべきなのかどうか迷っているらしい。美しくも残酷極まりない血と硝煙の物語を叙情味たっぷりに描いた傑作小説が映像化されることによってどのくらい変容されてしまうものなのかを検証するのが耐え難い。それほどにぼくは『野蛮なやつら』という作品に魅せられたのだ。

 しかしそろそろ気を取り直して映画鑑賞にかかるべきときなのかもしれない。この『キング・オブ・クール』を読んでそう感じつつある自分に気づく。なんとこの新作は『野蛮なやつら』の前日譚である。そればかりかピカレスク・チームのそれぞれの一世代前の物語でもある。ベトナムに突っ込んでゆくアメリカ、ケネディが射殺される前からのUSを生きたヒッピーたちの時代が、お馴染みのベンとチョンとOのトリオの生きる21世紀の物語と並行して語られる。

 もちろん並行して疾走する日本のレールを走る重機関車たちは、ある地点、ある時代で交錯する。過激な衝突シーンは、このピカレスク・ロマンのさなかでどう語られるのか? 燃え上がるのか? はじけ飛ぶのか? とても皮肉で残酷で、それでいながら夢を食べて社会をのしてゆこうとする若者たちの知略と度胸が試されるたった一度のデス・ゲームだけが待っているそれはドラマティックな発火点なのだ。

 そうか、こうして彼らは『野蛮なやつら』の正編に突入してゆくのか。それにしても三人の人生にこれほどの二つのスリル・ストーリーが用意されていたとは! しかもフランキー・マシーンやボビー・Zなど別作品の主役たちがゲスト出演までしてくれるのだ。なんという充実、なんという読者サービス!

 ここでポイントを記しておきたい。このストーリーの執筆を作者にせびったのは、『野蛮なやつら』の映画製作者チームだったそうだ。是非、書いて欲しいとの声に応えたのがウィンズロウ。応えるにしてもこれほどの充実した成果を見せてくれるとは、まさに鬼才の名に恥じない当代の作家ならではのこと。そしてこの作家を乗せてしまえる映画作家たちに感謝の気持ちを抱いたからこそ、そうか、そういう奴らが作った映画であるのなら、『野蛮なやつら』を是非、恐ることなく見ることにしようかな、と少しずつ思いつつある次第。

 それにしても、三人のトリオの印象的なこと。さらに彼らの親たちの強烈なこと。狂気と知性と悪徳と強烈な愛と。若さとそれを爆発させるとき、生き残った者のその後の人生と、業と宿運。ドラマに欠かせない要素がぎっしり火薬庫のように詰まった物語だ。海辺の熱した砂浜の上で、テキーラを傾けながら読むべき本なのであろう。ぼくはと言えば、冬の寒さに震える一日を使って、こいつにのめり込み、彼我の距離をたっぷりと感じさせられたのだった。

(2014.4.8)