自白




題名:自白 / 上・下
原題:The Confession (2010)
作者:ジョン・グリシャム John Grisham
訳者:白石 朗
発行:新潮文庫 2012.11.1 初版
価格:各\710

 グリシャムは無骨である。小説の構想は緻密であるのだろうけれど、語り口は無骨だ。装飾であるとか修辞であるとかいうことにはあまり縁がないように思える。修辞的要素を至って好むぼくは、ではグリシャムのどこにこんなに惹かれるのだろうか。グリシャムの小説を毎度のように、いつも楽しめてしまう要素は、この作家のどこにあるのか。

 それは彼の小説がドラマティックであることとともに、登場する人間たちが底知れぬ必死さを携えて、およそ考えられそうにない難問に挑んでゆく姿が、何とも魅力的であるからに違いない。そしていつもハイレベルで魅力的な主題を提供してくれるこの法律家であり作家であるグリシャムの冷徹な問題提起と小説という形での闘う瞳があまりにも明らかであるゆえに、この作家の価値はわれわれの現在という地平と繋がってひたすら高められているように思う。

 本作は『評決のとき』を思わせるような野太い主題を扱う。主題はまさに死刑制度である。本書は死に持って死で報いる死刑の執行に向かうレールが極端い滑らかであるのがテキサスであると告げ、テキサス州では死刑執行率が飛び抜けて高い事実などを、本書裁判中で数字を列挙してあらわにする熱血弁護士の姿があまりに印象的である。

 しかしそれだけでは本書を語ったことにはならない。本書の凄さはその絶妙なるストーリー・テリングであり、タイム・リミット型サスペンスのスリルを備えていることだ。

 死刑が執行されようとしている元大学フットボールの黒人選手。一方で遠く離れたカンサス州の教会牧師のもとに、自分は余命幾ばくもないが、あのテキサスの事件の真犯人であると主張する放浪者が登場する。死刑執行まで4日間。巻き込まれた牧師と、現地弁護士とが、それぞれの真実との闘いを余儀なくされる。スリリングでスピード感が溢れるが、作品にこめられた怒りと正義感を読者は通しで味わうことになる。

 王道とも言うべき小説の無骨さと単純さで、人間の闘う魂と救いを描き、世の誤謬を糾弾するこれは小説なのである。その南部人的リーガル・サスペンスを貫いては、また次々と主題を玉手箱のようにジャグリングして見せるこの天才的書き手は物語の素晴らしさのみならず、人種差別反対運動の牽引者であること、死刑制度を牛耳る権力組織への糾弾者としての本質的な人間性が感じられる。

 この作者だからこそ、悲劇を痛快に変え、怒りをエネルギーに変え、暗闇や濁りを、文章の光によって明るく透明なものにする。それは読者に対し、不条理なものと闘う志の気高さと、正義に最善を尽くそうとする主人公たちへの共感を果てしなく呼び起こし続けるものなのである。

(2013.12.06)
最終更新:2014年01月28日 23:21