ジェイコブを守るため





題名:ジェイコブを守るため
原題:Defending Jacob (2012)
作者:ウィリアム・ランデイ Wiliam Landay
訳者:東野さやか
発行:ハヤカワ・ミステリ 2013.7.15 初版
価格:\1,900

 2003年、『ボストン、沈黙の街』。2007年、『ボストン・シャドウ』。そして2012年、本作。元地区検事補であるランディの本は10年間でたったの3作である。いずれも邦訳され、いずれも好評を期してきた作家であるが、法律家でありながら、そのことを匂わせる作家ではなかったランディのこれまでの二作は、純粋なミステリであり、警察小説であった。と同時に家族の愛情や葛藤を題材にしたヒューマンな小説であったように思う。

 本書は、ようやく作家の本来の職業であった法律家の側面を前面に出したリーガル・サスペンスである。しかし携帯やジャンルがどうあれ、この作家が、家族小説、さらに煎じ詰めて言うならば父と息子の物語であるところに徹底してこだわった作品作りに終始してきたことにいい加減ぼくも気づかざるを得なくなった。

 本作は息子であるジェイコブにかかった疑いを晴らすことに全力を尽くしたいが、事件からは血縁者であるゆえに遠ざけられてしまった元主席検事の命懸けのあがきを描いたものである。なぜか、権力に飢えた後輩検察官に主人公が取られている尋問調書で物語はスタートする。主たる物語の後に、この尋問がなされていることは明らかになるものの、どのような結末を迎えるものかは、当然ながらわからない。ただその異質な尋問調書によって、物語がどの方向に向かうのか、いろいろ想像の翼を羽ばたかせることはできる。ウイリアム・ランディの作品には丁寧な書きっぷりと、地道ながらも独特な作家の才というものを感じるので、忘れがたい印象を持っているのだが、この伏線の張り方などは、実に印象的である。

 ある少年が公園で殺害されたことから、物語は始まり、やがて捜査の手が息子に伸びてゆく。寡黙で何を考えているかわからない息子に、妻は動揺するが、父である自分は息子を信じて譲らない。自らの疑いとともに信念を育みつつも、未来への不安に怯え、孤立して破壊されてゆく生活そのものに打ちのめされる。妻の変化は激しく、夫婦間には極度な隔たりが生まれてゆく。ミステリというよりも事件がもたらした家族の物語としての色が強いが、犯罪そのものは一家の住む街で、毒々しい存在感を示し続ける。

 最初から疑いを持っていた前科持ちの小児性愛者の存在が気になる中、主人公の検事補にも実は秘密がある。彼はいわゆる殺人者の家系に生まれた突然変異的な法律家であったのだ。祖父や曽祖父が殺人者であり、父が今獄中にいるという環境の中で、殺人者の血の遺伝を疑う妻と、否定する自分との間の心理的葛藤が凄まじい。本作品の骨格を成すのがこの殺人遺伝子というテーマなのだが、遺伝子科学と、父が息子に向ける全面的信頼という情感の部分との、痛いまでの葛藤が全編をよぎる、重厚な一作である。

 ヒューマンでありながら容赦ない展開と、暗い予感、その向こうに見えてくるのは、光か影か、最後の最後のツイストぶりが見事に決まるところ、ランディという作家の健在ぶりに呻きたくなる一冊であった。

(2013.09.26)
最終更新:2013年09月26日 18:00