コリーニ事件




題名:コリーニ事件
原題:Der Fall Collini (2011)
作者:フェルディナント・フォン・シーラッハ Ferdinand von Schirach
訳者:酒寄進一
発行:東京創元社 2013.4.15 初版 2013.6.20 3刷
価格:\1,800

 ドイツの小説を読むときに注意しておかねばならないポイントをうかつにも忘れてしまうと、作品のどこかで足元を掬われることになる。ぼくが事実そうであった。ベルンハルト・シュリンクの『朗読者』のときにも感じた同じ暗闇にいきなり出くわしてしまったときの大いなる恐れもその類(たぐい)だ。

 本書はイタリア系移民のコリーニという67歳の人物が、高齢の大物起業主ハンス・マイヤーを殺害し自首するというあまりにも疑惑の余地なき事件を扱う。若き国選弁護人カスパー・ライネンを主人公に真摯で厳粛な法廷ものの気品を漂わせた本書を取り巻くのは、実は一連の血なまぐさい暴力といってもよく、現実というもののダークサイドを様々なエピソードで綴りつつ、なぜコリーにはマイヤーを殺したのか? という一点に物語の行方は収斂してゆく。

 コリーニはマイヤーの頭部を打ち抜くと、倒れて絶命した後のマイヤーの顔を靴で何度も何度も踏み抜き、憎悪をぶつける。あるいは、幼き頃マイヤーの息子フィリップと親友であったライネンは、フィリップと両親の悲惨な交通事故を回想する。ライネンが立ち会う検死の描写もこれまで見たことがないほど、リアルで無音で法的で管理されたものである。

 それらの悲惨な暴力の描写を淡々と描く作者の本業は、刑事弁護士である。彼の作者紹介を読むと、彼の祖父のことについて言及されている。それらは巻末解説でも同様であり、それらごく近き祖先たちの世界と作者を隔てるものは何であるのかを、本書では作者が自らに問うているようにも思えてくる。作者の投影された姿であるカスパー・ライネンの真実への旅は、過酷でありながら、国家の抱えているある理不尽な法律という一点に行き着く。巻末の作者の補遺に関連法令が提示され、その問題点が明らかに提起されている

 本の力を侮るべきではない、と改めて気づかされる一冊である。本書が提示してみせた法律の落とし穴をきっかけに、ドイツ連邦法務省はこの件に関する調査委員会を立ち上げた。許されざる者、裁かれざる者が、生きている時間の中で正当な鉄槌を受けることを心から望みたくなるような読後感である。

 それと同時に国家の底にこのような闇が眠り、暗い人生を生き延びてきた悪魔たちが跋扈したり人生を謳歌したりしてきている真実に途方もない悔しさを感じる人が、本書をきっかけに限りなく群れを成しているのではないかと、ドイツという国家に起きた小さな渦が起こす波紋にまで心が及ぶ。日本という国にも同様の懸念がないわけでもなく、だからこそ、このような文学が謳われる時間が貴重だと思える。

 ちなみに完結にしてテンポよく短い文体。そもそも『犯罪』という短編集が本屋大賞を獲得したことで知られるようになた作者シーラッハであるが、長編としても完結かつ行間に込められた間合いや気迫という意味で、とても優れた作家であるように思える。ライネンの心情描写をすることなく行動や回想によって描き切ったハードボイルドの方式による語り口も実に好感の持てる作風である。多くの読者に読まれ、本年の賞を獲得し、さらに世界的に普及されることを期待してやまない一作だ。

(2013.07.28)