特捜部Q -Pからのメッセージ-



題名:特捜部Q -Pからのメッセージ-
原題:Flaskepost Fra P (2009)
著者:ユッシ・エーズラ・オールスン Jussi Adler-Olsen
訳者:吉田薫・福原美穂子訳
発行:ハヤカワ・ミステリ 2012.06.15 初版
価格:\2,100


 このシリーズでは、けっこう巻末解説の影響をいい意味でも悪い意味でも受けてしまっている感があるのだが、今回はいい意味で楽しめた。巻末で翻訳者の吉田薫氏が、Googleで実際に作中のユアサが入手してきたようなフィヨルドの航空写真を読者も楽しむことができると書いており、実はこれにはまってしまったのである。

 本書は、スコットランド最北の町ジョン・オーグローツにボトル・メールが流れ着いたことから幕を開けるのだが、冒頭で少年が血でしたためた手紙を瓶に詰める様子の切迫した様子が、血がざわめくほどの筆致で書かれている。彼が水の中にそのボトル・メールを投じた場所が明らかになるのは、物語がずっと進んでからのことになるのだが、読後に、ボトルのメールがどう流れたのかを確認したり、犯行場所や、その他の捜索対象地(本書ではこれが異様に多い)などを実際にGoogleの航空写真で眺めて見ることは、確かに解説の通り、可能なのである。これは、はまる。

 さて、本書もまた狂気の犯罪者の、異様極まるやり口、あるいはそのひね曲がってしまった人生やその根っこに当たる家族の問題というところまで掘り下げないと解決されることがない事件が、デンマーク中に展開されてゆく。驚いたことにデンマークという国は日本の九州ほどの面積しかない国土である。しかし、北欧のフィヨルドのちょうど門番みたいな場所に位置する国だけあって、島や半島やリアス式海岸で作られた複雑極まる地形の国土なのである。

 誘拐と監禁と殺人とを常時繰り返しては、新興宗教の多産家族を付け狙う屈折した犯人像は、自らが宗教家族の狂える父のDVに晒されてきた経緯から、非常に狡猾で慎重な連続誘拐殺人鬼となる。しかし、内向的な宗教家族ばかり狙うことによりこの犯罪はここまで浮上してくることがなく、警察の捜査対象にもならずに来た。この流れを断ち切るきっかけになるのが、流れ着いた一本のボトル・メールとなったわけである。よくぞ、こんな奇天烈な犯罪を思いつくな、というのが作者へのぼくの正直な呆れかえるほどの感想である。

 そして対極としてリアルな怠け者なエロ親父であるカール・マーク。特捜部Qただひとりの愛すべき弱点だらけの捜査官。それでいて優しく、頼りないところさえある、強気中年。いいなあ、このキャラクター。さてわれらが特捜部Qに前作から登場したローセだが、カールに腹を立て勝手に休暇を取り始め、代わりに双子の姉・ユアサが送り込まれてくる。喪服のようなローセとは対照的にピンク好きの陽気なユアサは、やはり変人極まりなく、一方でシリア人アサドの隠された正体はさらに気になるところ。全身麻痺のハーディはついにカールの家にベッドごと入り込んできたし、パンクな義理の息子も、別れてはいないが別居中の妻も、好き好きに彼女・彼氏を見つけてくるし、とカールを取り巻く陽気な仲間たちはますます炸裂気味である。

 この破天荒な一団を中心に、警察署内でも、クビになった元監査官や、辞めていった天敵など有象無象がぞろぞろいるというのが本書の環境世界。ごった煮の操作環境を中心に、一方で連続殺人犯と結婚をしてしまい子供まで設けてしまった女性や、殺人鬼が現地調達する彼女、殺人鬼が標的とする一家、かつての被害者たちの一家などなど、描写される小世界はそれぞれにばらばらながら、殺人連鎖の縦軸を中心に確実に表面に浮上しようとしている。警察小説の面白さここに極まれり、といった具合だ。一冊一冊が不慣れな分厚い本ではあるが、それに見合うてんこ盛りの中身がコストを確実にリーズナブルと感じさせてくれるはず。本書も人によっては劇画的と評して恥じないのかもしれないが、やはり小説として質も量も一級品であるようにぼくは思う。

 <ガラスの鍵賞>受賞とあるが、その内容は「国際推理作家協会北欧支部のスカンジナヴィア推理作家協会が北欧5カ国(アイスランド・スウェーデン・デンマーク・フィンランド・ノルウェー)の最も優れた推理小説に贈る文学賞」(byウィキペディア)である。一級の価値付けはぼくや読者がやらずとも、プロたちがしっかりやってくれているのである。

 本シリーズがずっと何作も何作も、この質でこのレベルで推移継続してくれることを、ぼくは激しく望んでやまない。

(2013/07/08)
最終更新:2013年07月08日 14:37