ナミヤ雑貨店の奇蹟




題名:ナミヤ雑貨店の奇蹟
著者:東野圭吾
発行:角川書店 2012.03.30 初版
価格:\1,600



 ぼくはこういう作品が好きである。何人もの人間が登場するのに、その誰ひとりおろそかにしないで、それぞれに人生があることをしっかり読者に伝え切る。いろいろな出来事が時系列順にではなく語られてゆくのに、どれもこれもがきちんと原因と結果によって繋がっていて、多発する入れ子構造の小さな物語さえ蔑ろにしない。整合性を取るというだけではなく、しかもそれぞれの人間の悩みと葛藤を描き、その中で人生の大事なものを見つけてゆく人間たちの懸命さとたくましさのようなものを最後には見せてくれる。これほどまでに作品に対し、あるいは作品の登場人物に対し誠実の限りを尽くす作家であることが、改めて証明されてしまう、東野圭吾の本当に100%の作品だと、ぼくはこの本を閉じるときにそう思い、ため息を吐いた。

 ナミヤ雑貨店は、誰もが悩みを持ち込んで、雑貨の代わりに回答を持ち帰ることのできる店であった。昭和の後半に差し掛かった時代に、そこに住んでいた老店主が始めた小さな親切心からの誠実な回答が、悩みを寄せる人々に幸せや救いを呼び込んだ。それが1970年代の話である。「ナミヤ雑貨店」は「ナヤミ雑貨店」のように人々には見えるのだった。

 さて物語は現代に始まる。何か盗みを犯して、盗難車を置き捨て、朝までの時間をどこかに潜んでやり過ごそうとする不良少年三人組。彼らは、誰も住んでいない様子の古びた空家店舗に眼をつけ、鍵のかかっていない裏口の窓かたそこに侵入した。そこは、文字の薄れた「ナミヤ雑貨店」という看板がかかった今にも壊れそうな店だった。しかし、そこはとても不思議な場所だった。シャッターの郵便受けから、手紙が舞い込むのだ。その内容は悩みの相談であり、それは1970年代という過去から来る手紙なのだ。彼らは返事を書き、牛乳箱に入れる。それは過去に向かってすぐに消え去り、またも過去からの手紙が投入される。時空の穴のようなものがこの店に開いている。

 こレだけを読むとSF・ファンタジーの仕掛け。まさにタイム・マシン物語ではあるのだが、この仕掛けをもとに作者は過去と現在を行ったり来たり、時に主人公を変えながら、いくつもの連作短編小説のような章替えを試みる。仕掛けそのものが現実的であろうとなかろうと、一夜だけの夢として見るにはあまりにも芳醇なそれらはノスタルジーであり、哀しみであり、優しさである。この寂れた街、駅前はシャッターに閉ざされ活気のなくなった商店街、独居老人や病人などの弱者たち、家から不要の烙印を押された子供たち。そういった現実に存在する現代が抱える人間の問題に正面から向き合った真摯な作品であることは間違いないのだ。

 だからこそ、不良少年たちに最後に訪れた優しさの気配、それらと、悩む人々との出会い、生きる喜び、再生への希望、そういったすべてに対し回答を与えようと、終始生真面目にペンを握る老店主と作家の横顔がどこかで重なり合って見えてくるのだ。素晴らしい。渾身の一作とは、こういうものを言うのだろう。

(2013/06/17)