輝天炎上




題名:輝天炎上
著者:海堂 尊
発行:角川書店 2013.01.31 初版
価格:\1,600



 『ケルベロスの肖像』にちらっと顔を見せた医学生・天馬大吉が、第一章の主人公となる。しかも一人称の語り手。ということは、つまり『螺鈿迷宮』の続編ということをその時点であらわにしているわけだ。『ケルベロス……』と対をなす同じ東城大のAiセンターの設立の日を描く作品でありながら、チーム・バチスタ・シリーズの田口・白鳥コンビのサイドからではなく、碧翠院桜宮病院の炎上崩壊を体験した不良医学生・天馬大吉、および助手である冷泉美雪の眼から描き出すことによって、より客観的なこれまでの話の流れをダイジェストで振り返る前半。二人の医学生の、主要登場人物へのインタビューは、自分の頭を整理する上でも、対立構図や戦闘配置を明確にする上でもわかりやすく、そもそものAivs.法医学(警察の協力)という意味でも、改めて掘り下げられ語られており、作者の意図するところであろう。

 さて、前半が静であるなら、後半は一気に動の展開となる。しかも『ケルベロス……』の焼き直しではなく、桜宮側から見たイベントとしての「Aiセンター設立事件」である。極北シリーズでもお馴染みの謎の医療ジャーナリスト西園寺さやかの招待は『ケルベロス……』の終盤で明らかにされるのだが、本書では、桜宮病院炎上の真相に迫る。それも第二章では『ケルベロス……』の補遺章のように詳細が語られるのだが、実は第三章においてさらなるツイスト(ひねり)が加えられ、驚愕のさらに多重構造となっていた真相が明らかになる。

 それら冥府からの使者のごとき桜宮の怨念たちが、碧翠院炎上の真相を引っさげて、『ケルベロス……』ではやたら平面的に見えたAiセンターの事件に、複雑な陰影を落とし込み、その複層構造の中でもう一度別な光を当てる、つまり『ケルベロス……』で一旦撫でた事件の表面の深部核になる物語をこちらの作品でようやく語ってゆくものなのである。会話やできごとは『ケルベロス……』で読んだそのままに進むのであるが、それらの意味合いが違ったものとなってゆく。あの驚くべき結末の真実は、こんな思いもかけぬにあったのだという……。

 一気に読める面白い物語であるとともに、やや『ケルベロス……』で広げた大風呂敷の収束の仕方にまだまだ未解決事項としての不満点は多いものの、語り口の経緯は、少しふざけた楽天的なピーキー・ヤンキー・ペースに圧倒されっぱなしの田口独白の『ケルベロス……』と比べて、遥かに豊かなストーリー・テラーぶりに満ちており、厚みも深みもある作品となっている。何よりも桜宮サーガのなかで『螺鈿迷宮』以来の一大エポックとなる出来事が主題となる作品であるだけに、海堂尊の心臓部と言っておかしくない重要な一冊として記憶に抱え込むべき物語であろう。

(2013/06/17)
最終更新:2013年06月17日 12:02