ケルベロスの肖像




題名:ケルベロスの肖像
著者:海堂 尊
発行:宝島社 2012.07.20 初版
価格:\1,524



 最近は、便利なことに海堂尊ワールドに関しては、ネット上で人物関係図や時系列できごと表などを見ることができる。この作家の作品を少し間を置いて読む場合、人物と前後の出来事に関しては失念していることがあるので、けっこう頻繁にこの二つの資料をチェックする作業が欠かせないようになってしまった。やっぱり読書は100%味わうべきものなのである。100%は無理だろうから少しでも完璧に近づける仕事がコストパフォーマンスを挙げる地道な努力というものだろう。

 さて、チーム・バチスタ・シリーズだが、主人公は田口・白鳥コンビとしても、やはりこのシリーズは東城大医学部附属病院の主軸となるライン上に物語を展開させたものである。他に、スピンオフ作品やそのまま並行してシリーズ化しているものが多いが、それらは、いずれも他の病院や地域を主軸にしたものである。帝華大、極北市、浪速府、厚生労働省、等々。一方で、東城大がある地域が桜宮であることから、これらを総称して桜宮サーガと呼ばれている。

 本書は、一読して桜宮サーガの完結編となる作品のように見える。Aiセンター(Ai=オートプシー・イメージング:死亡時画像診断)設立の日がクライマックスとなっているからである。何しろ海堂尊の数ある医療テーマのうち、最もこだわりの強い問題であるAiの実現が、彼の創作した小説内で現実となる日がついに訪れる日なのだ。本作は、その設立に向けた祝祭の準備と実現について書かれたドラマなのである。

 実際にはAiセンターは2007年以降、千葉大を皮切りに群馬大・近畿大・神奈川歯科大・札幌医大などに開設されているが、警察や法医学会がこれまで独占して検死分野への侵襲を恐れて反対しているという海堂ワールドの構図は、小説を追い越し、現実が先んじている。

 華々しさの代名詞とばかりに、マサチューセッツ医科大学上席教授・藤堂文昭(通称ピーキー・ヤンキー)が、とてもデフォルメされたコメディアンのようなうるさいばかりの存在感をもって登場してくるが、さらにわれらが田口先生はAiセンター長に祭り上げられ、戦車での凱旋パレード・シーンによる派手な広報活動も実施するといういささか現実離れした喜劇が進む。

 ところがラストには思わぬ仕掛けが待っており、そこには意外な人物が冥府から舞い戻る、というどちらかと言えば、非常にエンターテインメント系に傾斜しすぎ法螺を吹き過ぎた感のある作品である。

 そもそもが桜宮サーガという形まで海堂ワールドは広げられる予定はなかったそうである。崩壊三部作、即ちチーム・バチスタの崩壊、碧翠院桜宮病院の崩壊、Aiセンターの崩壊という大崩壊事件を軸に考えられていたそうである。その意味では本書は軸となるべき作品なのだが、どうにも後味が良くない。この作品を持って大団円とするにはいささか消化によくないのである。

 そう思っていたら、なんと、『輝天炎上』という小説がその翌年に出版された。こちらは、『ケルベロスの肖像』を舞台裏の側からもう一度辿り直したアナザー・ストーリーである。『ケルベロスの肖像』で満ち溢れた謎の裏側はそちらで証されることになる。二冊揃ってようやくわかってくる舞台劇、といったところであろうか。ぼくはたまたまさぼっていたから二冊連続して読むことができた。多分そのほうが楽しむことができる。片割れだけでは全体の像をなさない作品なのだから、リアルタイムで読まされ、待たされる読者とならず、幸いだったと言えるかもしれない。

(2013/06/17)
最終更新:2013年06月17日 11:35