ムーンライト・マイル



題名:ムーンライト・マイル
原題:Moonlight Mile(2010)
作者:デニス・ルヘイン Dennis Lehane
訳者:鎌田三平
発行:角川文庫 2011.04.25 初版
価格:\875

一冊の本を読むのにどれだけ日数がかかっているのだろう。プライベート・タイムが極度に少なくなった生活の中で、こと読書に関しては恵まれず、苦慮している。だからこそ選んで読む。デニス・レヘインのハードボイルド・シリーズについては知っていたが、これがシリーズ作品であるという予備知識は身につけぬままに読み始めてしまった。だけれど、ソロ作品として十分に手ごたえのあるストーリーであり、あとがきでも読まない限り、別にシリーズであろうがそうでなかろうが、この長編作品を楽しむことができるのだと思う。

 探偵生活にけりをつけたいと考える主人公は、西部に行き場を失ったワイルド・バンチの一員のように、初老で、切ない。愛する家族とのオシドリぶりや、可愛い娘への父親ならではの愛情の向け方。それらに比例して、引きずってきた罪深き仕事にけりをつけたいために、飛び込んでゆかざるを得ない血と暴力の世界。

 現代アメリカの行き場を失った私立探偵の足がここにきてさまよいがちになる。それもそうである。これはシリーズにピリオドを打つ重要な作品であったらしいのだ。なのに、そんなことも知らず、バーのカウンターから酒瓶に向けて指先で豆粒をはじくようにじりじりとゆっくりと読み継いできた。間を開けても作品世界は記憶を失わせることはなかった。強烈な作品世界は、いつでも時に立ち寄るだけのぼくを受け入れ、テキーラかなにかのストロングな酒を一杯だけ用意してくれたりした。

 今では当たり前になったきらいのある幼児虐待の問題をさらに深く掘り下げ、虐待される幼児が自己防衛し、賢くなり、知恵を身に着け、家族から逃亡する姿が、探偵の目に様々な意味を投影する。現代アメリカばかりではなく、日本でも凄惨なDVが起こっている。つい二日ばかり前には滝行で娘を溺死させた親の事件が大々的に取り上げられたばかり。そんな病んだ現代に、狂った解決法をもちこんでゆくのは探偵ではなく、ロシアンマフィアの暗闘の引き金だ。

 久々に読み終えた、中身たっぷりの、いわゆる「らしい」小説。ハードボイルド・ファンならためらわずにこの一冊を手に取っていただきたい。そんな傑作である。

(2011.09.27)
最終更新:2013年06月08日 10:34