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スケアクロウ





作品:スケアクロウ
原題:The Scarecrow (2009)
作者:マイクル・コナリー Michael Connelly
訳者:古沢嘉通
発行:講談社文庫 2013.2.15 初版
価格:各\830


 敏腕記者ジャック・マカヴォイ。そう、『ザ・ポエット』以来、13年ぶりの登場である。パートナーとして組んでゆくヒロインは、他シリーズも含め、すっかりお馴染みになった感のある美貌のFBI捜査官レイチェル・ウォリング。これも『ザ・ポエット』のオリジナル・コンビそのままである。『ザ・ポエット』当時は、コナリーもハリー・ボッシュシリーズを4作書き上げたばかりで、ノンシリーズでは、これが初の作品となった。強烈な個性と一匹狼ぶりを発揮する正統派ヒーロー刑事(デカ)のボッシュこそがコナリーとのイメージが強かった中で、純然たるノン・シリーズの単発ものとして、『ザ・ポエット』はびっくりするほど面白く、コナリーとしては珍しく、サイコパスのシリアル・キラー・サイドの視点でも描かれるクライム・ミステリーとして、とても劇的なインパクトを持った作品であった。

 その後、マカヴォイもウォリングも、シリーズ作品内にちょくちょく顔を出すようになり、彼らの主人公作品はしばらく書かれなかったものの、二人の存在感は作を増すごとに強くなっていった気がする。少なくともコナリー読者は、これらの人物のシリーズ間クロスオーバーを、作者からのサービスとして好意的に受け取ってきたことだろう。

 本書は、マカヴォイが久々の登場にも関わらずいきなりリストラを言い渡される、いささか衝撃的なシーンで幕を開ける。『ザ・ポエット』当時、マカヴォイが在籍していたロッキー・マウンテン・ニューズ紙は既に倒産してなくなっており、現在のロサンジェルス・タイムズ紙も経営難に陥り、優秀な人材であっても給料の高い人間たち100人程を解雇しなければならないという空前の苦境に陥っていた。マイクル・コナリーが作家になる前に記者として腕を磨いていたロサンジェルス・タイムズ紙の現在の状況が、どうやらこの作品を書こうという強いモチーフとなったらしく、そのあたりの事情は、巻末の作者インタビューや、作家・真山仁のアメリカ・ジャーナリズムについて省察された解説に詳しい。むしろいつも以上に、解説やあとがきの部分が手厚く編集されていると言っていい。同じく活字と紙を媒介とする出版社にとっても他人事ではないだろう。

 ニュースの場が(小説の場も、だが)Webサイトに移動し、紙ベースでの需要が急速に減ったいわばメディア革命とも言うべきインターネットの功罪、による新聞社の危機は、何もアメリカだけに始まったことではないらしく、日本でも同様に各社予断を許さぬ状況であるようだ。しかし、紙ベースでは印刷完了の朝を待って飛び出す驚きの記事であれ、一時間ごとに更新されるWebニュースでは即座に発信されてしまい、実質上スクープ記事が消え失せることや、しっかりと意志を持った各新聞社が社会に発信する方針・意見・提言などによるそれぞれの個性なども失われようとしている現在のメディア危機の状況を、コナリーは嘆いているに違いない。国が誤った方向に社会を導こうとしたり、政府や他組織が暴走しようとするときにそれらを黙認せず正義と公正の社会的番人のような役割を果たすという、新聞社の誇り高き編集室の使命感が、今は、退職者の空席だらけのデスクを歯欠け状態のように連ねた、空疎で中身のないスペースにまで落ちぶれている、そんな状態がマカヴォイの眼には映っている。突然降って湧いたような個人の苦境、会社の落魄から、今ある事件を探りマカヴォイは逆転を狙う。

 さてこの作品もまた、『ザ・ポエット』と同じく犯人側からの視点での章が頻繁に挿入される。インターネットのサーバー・メンテナンスとセキュリティとを請け負う会社のサーバー集積室を農場(ファーム)とみなし、そこの番人である案山子、即ちスケアクロウが、電子の世界を縦横に活用しては陰惨な事件を演出するという犯罪を扱った本書では、スケアクロウそのものが最も不気味な犯人像と評価されるほど手ごわく、その動きや犯罪のやり方も予想外である。いわゆる捜査側を電子的に監視したり、生活に影響を与えたりすることができる。ここまで我々の生活はネットに依存しているかと思うほど、最初のマカヴォイの恐怖と混乱は印象的だ。ネタバレにならぬよう書く事は不可能なので、本書がネット犯罪プラス・シリアル・キラーものであるとだけ、端的に言っておこう。

 マカヴォイ&ウォリングのコンビとスケアクロウとの知略の対決が全面的に見ものなのだが、マカヴォイのみならず、職場での経歴を危機に晒してしまうウォリングの人生の転換点という点についても、とても興味のあるサブストーリーとなっている。無論、ハリー・ボッシュ・シリーズでも深く関わっていた彼女の恋愛人生という面においても。主人公たちの公私ともにストーリーの中にしっかりと取り込み、大胆にアップテンポに展開するスリリング極まりない今作は、ツイストまたツイストと、極上のひねりに満ちた傑作となっている。『ザ・ポエット』を敢えて先に読まずとも、この一作単体で充分にコナリー・ファンをまたも獲得してしまいそうな気配に満ちた、重厚な、いわば一発の銃弾のような物語なのである。

(2013.05.10)