まほろばの疾風



題名:まほろばの疾風(かぜ)
作者:熊谷達也
発行:集英社 2000.7.30 初版
価格:\2,200




 処女作『ウエンカムイの爪』で道南における羆事件を描いた作家。二作目では宮城山形県境における狼事件を描いたミステリー。ところが三作目の長編は何と歴史小説。

 しかも材に取ったのは、奈良時代の坂上田村麻呂の陸奥征伐。主人公は東北・蝦夷の山の民アテルイ。日本がまだ統べられていなかったいにしえの北の山村に京の朝廷が触手を伸ばしていた時代と言われても、日頃歴史小説を読むわけでもないぼくなどにとっては、なかなかぴんとこない。しかし、この本は作者の平易な旨味のある文体が親しみやすく、ぐいぐい読まされてしまう。処女作ではそれほど印象に残らなかったストーリーテリングの術だったが、何とこの作家ふんだんに持っていた。

 何よりも美しい自然とその中で生きる東北アイヌたちの誇りと愛。その純朴な力が、あくまでけなげでタフで美しい。最後までその自然への愛とシンパシィ、あまりにピュアな信仰と生きざま。獣のようなアナーキズムだが、基底にあるのは無欲と幸福であった。東北が舞台なのだなあとしみじみ感じる。最後までストレートで運命的なアテルイの生涯。

 山々の美しさ、四季の移ろい、それらに同化して生を営む蝦夷たちの失われ行く幸福に感じ入ってしまった。感動の一冊!

(2001.03.24)
最終更新:2013年05月04日 18:14