漂白の牙



題名:漂白の牙
作者:熊谷達也
発行:集英社 1999.10.10 初版
価格:\1,700




 歴史小説『まほろばの疾風』の豊かな物語性にぐいぐい引きずられてしまった。同じ作者は他にデビュー作『ウエンカムイの爪』しか読んでいない。あちらは羆による獣害。こちらは狼による獣害ミステリーとでも言うべきか。

 この作家、寡作で未だ三作。しかしどれもがすべて違った風味で楽しめ、共通項はすべて「野生」! だからこそ目立つストーリーの力強さ、そして優しさがこの作者の特徴である。「自然」と言うよりは「野生」と表現したいものを描く作家なのである。

 本書は新田次郎賞受賞作。十分にそれが首肯ける力作であり、実はミステリーというより、ぼくは少し形を代えた山岳小説として読めたというのが本当のところだ。山好きなら文句なしで気持ちが入ってしまうタイプの無骨でストレートな主人公。

 そして戸川幸夫辺りを髣髴とさせる狼を主軸に持って来た物語構成。不可解極まる連続屍体と狼と悪党がどのような連環を描いてゆくのか。残虐な事件を抱懐しながら、どこか最後には浪漫を作品に匂わせるのもこの作家の個性。

 解決の仕方、収束の内容については、ぼくはミステリとしてはひどく物足りない気がしたけれど、それよりも何よりもまずは人間ドラマとしての魅力が高く、これはやはり冒険小説というジャンルなのではないだろうか、と確信してしまった。失われた肉体を使ってのプリミティブな冒険行、なのである。

 ちなみに狼と言えば乃南アサの直木賞受賞作『凍えた牙』を連想される方が多いかもしれない。しかし本作『漂白の牙』の方が遥かにいいと思う。山、雪、狼という野生に彩られた物語は珍しい。狼は都会ではなく、やはり森が似合うのだ。

 何よりもこの物語の舞台は鬼首、鳴子、花山。実はぼくの父がイワナ釣り三昧の隠居生活を送る土地であり、この栗駒山山麓の地帯に関してはぼくにはかなり土地鑑があるために身近に感じられた。あのあたりの秘湯である温湯(ぬるゆ)温泉について(お気に入りの温泉である)しっかり小説中に出て来て嬉しかった、とは余談である。

(2001.03.24)