ウエンカムイの爪



題名 ウエンカムイの爪
著者 熊谷達也
発行 集英社 1998.1.10 初版
価格 \1,400



 小説すばる新人賞受賞作。

 北海道渡島地方を舞台にしたヒグマの物語。語り手は、都会を逃げ出した雑誌カメラマンなのだが、実のところ自然の化身であるヒグマが主役であろう。

 新人らしく、書きなれた感じがないのだが、主題が個人的に嬉しい。山、ヒグマ、北海道、自然……。

 ぼくの場合、吉村昭『羆嵐』を読んで以来、世界三大獣害史に残る苫前六線沢の人食い羆に非常に取り憑かれた。『エゾヒグマ百科』を初め、この作者の文献リストにさえ出てこないヒグマの本を読み漁ったし、実際に苫前から被害の現場でも出かけた。もちろん北海道に移住してくる前、埼玉から出かけてきたのだ。

 さらにさかのぼると、山のクラブをやっていた時代に北海道の縦走計画を立てながらも、福岡大ワンゲル部の三人が惨殺された事件を調べ、ヒグマ対策を講じた。さらにトムラウシ岳を下ったときにはチシマザサの向こうからヒグマに一声威嚇されたり、暑寒別岳山頂ではヒグマの足跡の残る雪渓から水を汲み、キャンプを張り、きっちりとその夜ヒグマにテント付近を周回され震えながら目を覚ました。

 だからこそ、この本に書かれていることが、何だか自分の興味を一気に小説にされたようで、非常になじみやすかった。いろいろな見方が、この小説に対してはなされるだろうけれども、それなりに新ジャンルといって小説であるかもしれない。日本の冒険小説の一形態としてみると、それなりに地味ながら、いい線であるのかもしれない。

 ただ、同じ熊を扱った小説として吉村昭や谷甲州と比較してしまうと、まだまだ線が弱いし、枚数が足りない。仕事をやめて作家となってこの熊谷達也という少し芯の太そうな男が、どんな本を書いてゆくのか、ということの方に期待したい気持ちがぼくは強い。

(1998.02.25)
最終更新:2013年05月04日 17:53