※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

キャサリン・カーの終わりなき旅




題名:キャサリン・カーの終わりなき旅
原題:The Fare of Kathrine Carr (2009)
作者:トマス・H・クック Thomas H. Cook
訳者:駒月雅子
発行:ハヤカワ・ミステリ 2013.02.15 初版
価格:\1,700

 『ローラ・フェイとの最後の会話』の前に書かれた作品にも関わらず、翻訳が四年も遅れたわけが何となくわかるような気がする。名クック訳者の村松潔さんが、これではなく『ローラ・フェイ……』の方を取り上げ、この作品を他の翻訳家に回した理由はなんだろうか? 訳しにくい? 作品に対して否定感がある? あるいは訳者としての作品評価が低い? 何であれ、あまり訳したいと思わなかった作品なのではないだろうか。この本を読んでぼくが最初に感じたのが(もしかしたら穿ち過ぎの見解なのかもしれないが)、そんな疑いだ。

 もしかしたらクック初訳で慣れていない点があるのかもしれない可能性を鑑みて、駒月雅子さんというこの本の訳者をネットで調べてみたのだが、ハーレクイン畑出身ではあるものの、ローリー・リンドラモンドの『あなたに不利な証拠として』の訳(もちろんぼくも読んでいる)など、凄い翻訳も経験していた。本書が少しばかりクックらしからぬ点多きものだとしても、それは翻訳者の不慣れによるものではないだろう。本書は元よりクックらしからぬ点に満ちた異色作、と言ってしまったほうが正解なんだろう。即ち……、

 クックらしからぬ点その一。やっぱり霊的(スーパーナチュラル)な要素が多々あるところだろうか。クックは余韻の残る語り口をやるけれども、霧の中に姿を消してゆくこの世のものともあの世のものともつかぬ存在のようなものを、奇をてらったように描くことはない作家だと思う。

 クックらしからぬ点その二。プロローグとエピローグで、ジャングルを遡行する川船に居合わせた主人公ジョージ・ゲイツと放浪のインド人マヤワティ氏の出会があるのだが、本編との関わりの匂わせ方については相当奇をてらったように見える。マヤワティ氏が、ゲイツの語りを中途半端だと評したのも、後に述べるけれどだいぶ意味深である。クックは読者に対し、こんな謎かけをする作家であったろうか。

 クックらしからぬ点その三。もちろん作中で展開するキャサリンの小説がクックの文体で書かれることはないとしても、ここまで奇妙な小説内文章、奇妙な小説内容を、クックの作品中で読むことになろうとは誰が想像したろうか。

 そんなわけでいろいろと戸惑いを感じつつページを繰らねばならない、ある種、異物感のある読書経験となるために、このこと自体がもはや、読書の醍醐味を与えてくれるシックで流麗なるあのクックとは、少し異質であるように感じるのだ。

 さて失踪事件のあった土地を調べて回る旅行作家(すごくニッチな職業とぼくは思う)だったが、息子テディを未解決殺人事件の犠牲にしてしまったことで罪悪感に悩み、今では地方紙記者をやっているジョージが、パートナーとして組む相手は、早老症という珍しい病気である12歳だが90歳に見える天才少女アリス。この風変わりなコンビが、元失踪人捜査課の刑事アーロウから持ち込まれた、20年前に失踪したキャサリン・カー事件に挑んでゆく物語である。

 キャサリン・カーは詩人として知られていたが、実は未発表の小説原稿を残していて、自然を描いた美しい詩とは真反対の不気味なその原稿こそが、彼女の失踪事件の鍵を握るものではないかと、二人は注目する。早老症のアリスは十二歳であるにも関わらず肉体が老いてしまい、疲れやすいため、一面会時間が長くは持たない。ゲイツはだから、病室を訪ねる時だけキャサリンの小説原稿を切れ切れに読んで聴かせることになる。読者の気を持たせる語り口、だ。

 その、作中作とも言える原稿の解釈が変遷するとともに、犯人像が変わってしまい、真相を追う視点が変わり、真相を追う人たちの話を追う川船の二人の視点が変わり、川船の二人を含めて真相を追う読者の視点が変わり、と……。三重の入れ子構造の作品というのは、ただでさえ、かくも揺らぎが大きいのである。

 そんな中でクライマックスと思われたものが擬似クライマックスであったり、真相と思われるものが新たな謎の影に変わったり、ゲイツの幻覚めいた表現も交えられ、とにかくラストは予想もつかない。

 マヤワティ氏がゲイツの話を中途半端だと評したように、ゲイツとアリスは、キャサリンの小説を中途半端な終わり方として失望する。では読者はこの小説をどう収めてゆくことができるのだろうか?

 多重構造の小説は、そもそも難解の渕に陥りやすいが、最終的にはどこかに集約される。ネタバレは約束違反なので、こんな暗示に興味を覚えた方は、ジョージ・ゲイツの追跡と復讐の旅に是非ともご同行あれ。

(2013.05.04)