野蛮なやつら




題名:野蛮なやつら
原題:Savages (2010)
作者:ドン・ウィンズロウ Don Winslow
訳者:東江一紀
発行:角川文庫 2012.02.25 初版
価格:\952

 あれ? と思う。また、マフィアの話か。若手主人公たちによるハチャメチャなノワールか。メキシコのバハ・カルテルが出てくるのか。この世界に関しては、ウィンズロウは、あの有無を言わせぬ大作&傑作『犬の力』で、頂点を極めたのではなかったか?

 カリフォルニアのラグーン・ビーチでマリファナの栽培に手を染めるベンとチョンにオフィーリアを入れて、まるで『明日に向って撃て』や『俺たちに明日はない』みたいな、男二人女一人のトライアングルを構成し、どんな力にも屈せず自分たちで無法の王国を切り拓こうとする無鉄砲でロマンチックなチームがストレートに疾走するこれは物語である。

 多くの血が流れ、銃弾が飛び交い、ねぐらが焼け落ち、女たちがレイプされ、男たちの手足がバラバラにされる世界。コロンビア・マフィアとのコカイン戦争だったり、メキシコ・マフィアとのマリファナ戦争だったりの掟のない世界。傘下に入らなければズドンの容赦なき世界。それでいて輝く太陽と青い海に囲まれた叙情詩的でセンチな世界。若くても夢が持て、その代償が予想を超える残虐さで返される可能性が極度に高い世界。ウィンズロウが傑作『犬の力』で描いたはずのそんな世界が、また本書でも繰り返される。

 その意図はよくわからない。しかし、違いは明確である。『犬の力』が散文であるとするならば、『野蛮なやつら』は、まるで<詩>だ。

 とことん既製の決まりごとを破壊してみせる小説が、他にないわけではない。ジェイムズ・エルロイが、かのLA四部作の掉尾を飾る『ホワイト・ジャズ』でついにやらかした文体破壊には、1996年当時驚かされたものだ。絶賛を浴びたあの文体破壊は、日本でも馳星周のデビュー作『不夜城』において活用されるが、当時日本の小説としてはショッキングなスタイルで綴られはしたものの、まだまだ若干遠慮がちな破壊であった。しかし、本書の文体破壊は、また、なんと言う……。

 そう、ウィンズロウは、かつて『ボビーZの気怠く優雅な人生』で疾走感に溢れる文体での、比較的短い長編小説を披露してみせた。普段はニール・ケアリー・シリーズなどでたっぷり感のある大作をいっぱい書いているけれども、こんな芸当だってできるんだぞ、とばかりに、テンポのいい、リズム感に溢れる、まさにバイオレンス小説であった。文章も内容も破壊的だった。まるで小説界のサム・ペッキンパだった。

 ところが『ボビーZ……』を遥かに凌駕した形で、さらなる崩しをやってのけ、さらなる疾走テンポ、リズム感満点の、音楽を聴くように読む小説、というやつを作ってみせた。ある種の快感さえ得られる、マリファナみたいな(経験はないけれど、きっと…だろう)本が出来上がってしまったのだ。

 一種、軽い、と言われてしまうかもしれない。しかし、内容は『犬の力』なのだ。スピードアップしたビルディングス・ロマンだ。高圧縮された大河ロマンだ。軽い。早い。短い。しかし、三人の若者たちの友情と、パワフルな指向性と、壮烈な闘いと、そしてそこはウィンズロウ、青い海に清潔なビーチがある、他に比類のない傑作がここに出来上がってしまったというわけである。その意味は非常に重い、と思う。

(2013.05.04)
最終更新:2014年04月08日 18:28