夜紳士の黙約




題名:紳士の黙約
原題:The Gentlemen's Hour (2009)
作者:ドン・ウィンズロウ Don Winslow
訳者:中山宥
発行:角川文庫 2012.09.25 初版
価格:\952

 サーフィンとミステリは同居できるのか? あるいはサーフィンとハードボイルド・シリーズは? サーフィンには、恋愛や青春やヒューマン、うん、それなら同居できるだろう。でも殺人、殺し屋、マフィアなどなどは、同居できるのか? サーフィンに? それらのすべての質問に、Yes! と答えて、その内容の詳細説明書を突きつけて回答してくれたのが、本書、と言えるのだろうか。

 『夜明けのパトロール』は、ブーン・ダニエルズ・シリーズの第一作。もしかしたら、このシリーズ第一作が、私立探偵とサーフィンを同居させてみせた一度だけの奇跡だったのかもしれないのに、同じ場所、同じ主人公とその仲間たちで、次なる殺人事件、ばかりか、作中でさらに築かれる死体の山、と言ったら大袈裟かもしれないが、最終的にはそう言っても帳尻が合うくらいの、いくつかのバイオレンスを、サーフィンのフィールドである海や街に持ち込んでしまったのが、何とこの第二作。

 奇跡は二度ある。三度目があるのかどうかは、今のところ不明。

 さてサーフィンとノワールが、どのくらい関わるかと言って、まるでサーフィンというスポーツ、あるいはサーフボードがいくつも浮かぶ、眼の前の海、カリフォルニア州サンディエゴ市パシフィック・ビーチが、本作の主人公であるくらいに、それはそれは大きく関わる。

 何しろ犠牲者は、サーフィンの英雄だ。人間的にも尊敬され、ブーンでさえ敬愛するケリー・クーヒオ、通称K2が、チンピラに殴られ死んだ。いわば、伝説の死。チンピラは自白し、既に牢屋に。しかし真相がそれでは、はなから事件にならない。加害者の弁護士に雇われたブーンは、本当には何があったのかを突き止めようと、K2のため、自分の鼻を信じ、捜査を開始するのだった。

 ブーンの仲間については、一作目でも明らかにされるのだが、二作目でも、しっかりとメンバー紹介のあるドーン・パトロール(文字通り『夜明けのパトロール』)と言われる面々である。ドーン・パトロールは職業ではなく、朝一番に海で顔を合わせるうちにいつか親しくなっていったサーファー仲間たちの集まりである。言ってみれば異業種交流会みたいなもの。その中にはビーチ監視員もいれば、なんと刑事もいる。今回の事件では犯人を挙げた刑事と、その犯人を疑う元刑事ブーンとは対立する。

 依頼人である弁護士事務所のパートナーであるペトラとの恋愛模様も、中途半端ながら織り混ぜつつ、ブーンは私立探偵から足を洗い、ロースクールを目指すことを誘われる。ブーンは人生を迷う。これまでと違った人生。そんな様々な意味においても、ドーン・パトロールは解体の危機に晒される。

 孤独に苛まれるが、それでも真実の追求を信じてやまないブーンの周囲に、次第に吹き荒れる暴力や殺意。事件が進むにつれ、ややこしくなり誤解し合う人間関係。非情な殺し屋の影が迫り、地元マフィアの脅迫者が顔を出し始める。ゆったり進んでいた物語は、殺し屋の到着とともに加速し始め、そして……クロスファイア!

 事件もさながら、ドーン・パトロールがどうなるかといった読みどころも、本書のサブ・ストーリーであり、それらのクライマックスはこれ以上ない形でしっかり用意されている。

 そして最後に、すべては伝説となる。海がそれらを包容する。きらめく光と季節と地球の自転の中で。

 そう、やっぱりこのシリーズは、海が主役だったのだ。

(2013.05.03)

※角川書店様、献本深謝です!
最終更新:2013年05月03日 17:41