夜に生きる




題名:夜に生きる
原題:Live By Night (2012)
作者:デニス・ルヘイン Dennis Lehane
訳者:加賀山卓朗
発行:ハヤカワ・ミステリ 2013.03.10 初版
価格:\1,800


 例えば『ミスティック・リバー』、『シャッター・アイランド』、そして本書と、時代に沿ってこの作家の代表作を読んでみて欲しい。あるいは、作者名を伏せて、この三作を誰かに読ませてもらいたい。この三作に、果たして共通項があるだろうか? 同じ作者の作品であると、誰もが目をつぶって当てることができるだろうか? 

 少なくとも、ぼくはできないだろう。上記のような覆面作家ごっこをさせられ、作家当てクイズを出された場合、ぼくはどの作家も違う作家だと答えてしまうような気がする。

 『ミスティック・リバー』は、悲劇に向かう運命、人の抗えない定めみたいなものを軸に、そこで弄ばれてしまう人間の愚かさと悲しみを描いた作品であったように思う。『シャッター・アイランド』は、孤立した島にやってくる強力な嵐と、その中で起きる事件との緊張をひたすら描いた純然たる娯楽スリラーだと思う。さて、本書は……。

 そう、本書は、むしろドン・ウィンロウが近年描くマフィアの世界、国際的暗闘の歴史に構築された血と硝煙で糾われた人生の物語だ。まるでウィンズロウの『犬の力』、『フランキー・マシンの冬』、『野蛮なやつら』を彷彿とさせる、乾いた暴力の国に生きる、クールな悪党たちの、文体を変えた悲喜劇模様のようですらある。

 それでいて、本書は三部作構成の前作(=第一作)『運命の日』に続くビルディングス・ロマンである。禁酒法の時代を生きた、アメリカの悪党どもと警官たち、国全体が貧困と暴力に攪拌されていた1920代の、まるで歴史小説と言えるような時代設定である。大きなライフワーク感を持ってペンを握っているルヘインの、決意に漲った表情が伺えさえする大作である。

 第一作『運命の日』が、警察官である兄ダニーの物語であったのに比して、こちらは警察官の鏡ですらある父の、末息子としては突然変異としか言いようがない悪の種子ジョー・コグリンのヒストリー。しかも冒頭から、敵のボートに乗せられ、両足をコンクリートの桶に入れられ、12人のガンマンに囲まれたまま、沖へ連れ去られてゆくシーンである。なんという幕開けだろうか。物語はそのくせ急にかなりの過去にフェイドバックする。

 ビルディングス・ロマンであるからには、若かりし頃の無鉄砲な犯罪から彼の人生譚は再度語り始められる。ファム・ファタール(宿命の女)との出逢いもある。もちろん悲劇があり、裏切りがあり、父と子の衝突が、また友情だってある。犯罪組織の中でのし上がり、刑務所に入れられ、故郷の街を出て、フロリダに居を移し、キューバ葉巻の商売にまで手を広げる。カストロ革命以前のキューバ、ピックス湾事件以前の、平和で、ゴロツキどもがキューバボートで脱出する以前の、親米キューバだ。

 それでも革命の小さな種子は、島にあり、もちろんジョーの運命にもクロスする。この物語を左右するのは、人間であるとともに、変えようのない歴史の過酷だ。マフィアもCIAも革命分子も煮えたぎる坩堝にいっしょくたに放り込んでしまったようなメキシコ湾が、これで燃えぬわけがない。ルヘインの筆は、それでも徹底した人間描写に集中する。どの人間も、命を得ては、生き、闘い、死んでゆく。ルヘインの容赦ない選択と決断のなかで、この容赦ないストーリーは奔走し爆発する。

 「三部作のつもりだったがやめた」前作の脱稿後にそう言い、二作目を、まるで前作の続きの物語とは思えもしない奇妙な形で唐突に上梓、三作目があるのかどうかは今もってわからない。しかし、そのあたりはどうだっていいだろう。それがルヘインなんだろう。三作目が出れば儲けものだ。

 そうでなくても、本作は一個の独立したロマンである。最後の最後まで劇的なできごとが隠し持たれている。その人間同士の綾なす宿運の妙と、冴えるペンに幸いあれ。本書は、完璧なまでの犯罪娯楽大作であることに間違いないのだから。

 ちなみに本年度アカデミー賞を総舐めにした『アルゴ』のベン・アフレックが本書の映画化権を取得している。彼の爆発力にも、乞う、ご期待!

(2013.05.03)
最終更新:2013年05月03日 16:45