かくも冷たき心



題名:かくも冷たき心
原題:Cold Cold Heart (1994)
作者:ジェイムズ・エリオット James Eriot (J・C・ポロック J.C.Pollock)
訳者:中原裕子
発行:ハヤカワ文庫NV 1999.4.15 1刷
価格:¥800


 ポロックはどこへ行くのか? 一流のエンターテインメント作家というには少しだけ不足していつも二番手を走っているイメージがあるのだけれど、そこそこには作品は面白い。ポロックは初期作品だけだとの声もよく耳にする。ぼくもそう思うところがある。あの『樹海戦線』の興奮はどこへ? と思う。

 ポロックが苦労して手を変え品を変えして、エンターテインメントを目指している姿はよくわかる。特殊部隊専門小説家みたいなイメージから少しだけずれたミステリーをとの方向性もよくわかる。ここ何冊もぼくは付き合ってきたし、それに見合う程度の楽しみを持ってぼくはポロック作品をいつも手に取ってきた。

 そしてついにサイコかあ。元KGBでサイコ……と言うのは珍しい。KGBかつサディストというのはまるでアメリカ冒険小説の敵の代表選手とでも言うようにどんな本にも殺すほど沢山出てくる。けれどいざとなれば彼らは組織の人間であり、統率という絵の中に潜んでいる。この作品ではそこを逸脱して一般市民を連続殺人の歯牙にかけてしまうという正真正銘のサイコ野郎を登場させてしまう。いや、この作品はまさにその、腕のいい元KGBのサイコ野郎という存在、一点に焦点を絞った死闘物語だと言っていい。

 ポロックは元々死闘小説を売り物にする作家なので、こうした捜査ものに近い形をとってみても常々捜査→特殊部隊→プロ同士の死闘といった図式を描く。それが今回も同じであった。ペンネームによって一皮脱ぐのかと期待した分、その辺の落胆がこちら側で大きかった。

 大変にサービスのいいストーリー展開は、最近のハリウッド・アクション映画のようだった。決して誉めたたえる意味ではなく。ここまで引っ張ってきた最強の悪漢をこんなクライマックスで済ましてしまうというのは、ぼくには物足りなかった。

 そればかりではなく、ポロックの小説は人間の命を軽く扱い過ぎる。犠牲者たちはまるで特殊戦の標的のようにたっぷり出る。パトリシア・コーンウェル作品と同じヴァージニアを舞台にしている点も皮肉だ。小説によって命の大きさを変えてくれない限り、この作家の視点は変わらないのか、という気がしている。

(2000.01.04)
最終更新:2013年05月02日 22:52