蝕みの果実



題名:蝕みの果実
著者:船戸与一
発行:講談社 1996.10.11 初版
価格:\1,800

 船戸与一の短編集は『祖国よ友よ』『カルナバル戦記』以来。つまり10年ぶり3冊目の短編集ということになるのだが、10年に一冊野ペースでしか短編集を出さないというところが、日本作家にしては既に破天荒な気がする。それだけ大長編作家としての船戸の体力にぼくらはいつも甘えてきたわけだが、たまには短編での腕のふるいを見てみたい、っていうのもファン心理の一つではなかろうか。

 そういう好奇心を満足してくれるのがかくも珍しい船戸の短編集。首尾一貫してアメリカを舞台にスポーツを題材にしているということは、それなりにこうして一冊の短編集となる日を作者なりに考えていたのではないだろうか?

 船戸の作品はアメリカ大陸からスタートした。『非合法員』がそれである。船戸の作品はその後、世界中の紛争の地へと舞台が移っていったが、ことあるごとにまたいつしかアメリカという国に帰ってきた。最も長いこと船戸を呪縛していたのは、だからアフリカでも南米でもなく、実は北アメリカの地であった。もともと別名義で『叛アメリカ史』を執筆している作者のモチーフは、既に最初から人種の葛藤と相克の坩堝であるアメリカにあると言っても何の不思議もないのだ。

 だからこそ、この十年分の切れ切れの短編集に、アメリカの歴史の移ろいが浮かんできてしまう。こういうところに船戸の軸のある作家生活、その骨太の作家精神が見え隠れしているのが、凄いのだと思う。凡百の作家にはとても真似のできない部分だろう。

 『梟の流れ』などは『かくも短き眠り』への繋がりを感じさせるが、基本的にどの短編も長編とは一線を画しているように思われる。そして短編でもそれなりにストーリーテリングで引っ張ってゆく剛腕はさすがのものだ。船戸の十年を味わえる貴重な一冊である。

(1996/12/18)
最終更新:2006年12月10日 23:51