ストーン・シティ





題名:ストーン・シティ (上・下)
原題:Stone City (1989)
作者:ミッチェル・スミス Mitchell Smith
訳者:東江一紀
発行:新潮文庫 1993.8.25 初版
価格:上/\560(本体\544) 下/\600(本体\583)


 全編、巨大な重警備刑務所を舞台にしている、っていうだけで何となく飛びつきたくなる本だった。何とまあ、こんなところに大学教授が抛り込まれていて、彼が刑務所内の連続殺人を捜査する羽目になる、というまあ途方もないエンターテインメントなのである。

 アメリカの刑務所というのが、現在どんなものなのかは知らない。サンフランシスコ・ベイに浮かぶアルカトラズやサンクエンティンはそれぞれ『アルカトラズの脱出』『大脱獄』などで囓ったことはあるけれど、悪名高い『パピヨン』のフランス領悪魔島と同じく、昔話に成り果てているきらいがあり、必ずしも現代の連邦刑務所のムードを伝えてくれているとは言いがたい。

 現在の刑務所の雰囲気を伝えてくれているものと言えば、アンドリュー・ヴァクスがバークに語らせる刑務所での殺気立った回想シーンくらいしか思いつかない。あるようでないのが刑務所のストーリーなのかもしれない。二流映画の女子刑務所ものでリンダ・ブレアやスーザン・ジョージを思い出したり、『バッド・ボーイズ』の少年刑務所でのショーン・ペンを思い出したりもするけれど、やはり刑務所の雰囲気ってぼくは知らない。

 それらアメリカの重警備刑務所に寄せる好奇心をある意味で満たしてくれるのがこの作品。やはりその迫力はなんとも逸品である。最初から最後まで反社会的な小宇宙を描き出しているところ、バーク・シリーズの持つ緊張感に類似した空気を感じさせてくれた。

 上巻の半分くらいまでがちょっとまとまりのつかないプロローグのようで「何なんだ、何が起こるんだよお、早く事件をまとめろよお」と気持ちがせっついたのだけど、結局すっきりストレートなストーリーになって走り出してくれるのは後半になってからなのである。冒険小説的気分で読み出したのに、内容は刑務所探偵ともいうべきハードボイルド作品であったというわけなのだ。

 主人公の教授と相棒の《娘役》の少年というコンビができあがると物語は疾走感を強めて、そのまま最後まで突っ走る。巨大な刑務所環境と、いくつもの人種が作る派閥と権力構造、刑務所の管理システムや、さまざまな狂気の囚人たちの個性、結果的にはそれらのすべてが、きっちりと描かれていることにまずは脱帽。何だかわからないうちに載せられて、気づいてみたら、この異常な世界に馴染んでしまっていたという感覚なのである。

 刑務所探偵というと何となく生ぬるく感じるかもしれないが、内容は一貫してバイオレンスと死の恐怖に満ちていて、気の抜けないシーンが連続する。こういう話になるとアメリカ作家の独壇場であるなあ、としみじみ感じるのは治安のよい日本に住むせいか。日本の刑務所スリラーなんていうのも、あるのならぜひ読んでみたいものである。

 これはしかし話題作になりそうな本である。前作『エリー・クラインの収穫』もぜひ読んでみよう、という気にさせられました。

(1993.09.08)
最終更新:2013年05月02日 21:53