復讐戦




題名:復讐戦
原題:Payback (1989)
作者:J・C・ポロック J.C.Pollock
訳者:広瀬順弘
発行:ハヤカワ文庫NV 1991.11.31 初版
価格:\680(本体\660)


 うう、ブロックの書評をやっと書いたから、これはしばらく後にと思ったのだけど、あんまり面白かったので早めにアップします。ポロックといえばその代表作はだれが何と言おうと『樹海戦線』。その昔何気なく読んだこの本はずっと印象に残るような素晴らしい作品で、なかでもベトナム帰還兵を主軸に据えてのアクション・シーンは、作者が元特殊部隊出身というだけにド迫力があった。それ以来ポロックの新作は追いかけることにしているのだが、正直言ってここまで『樹海戦線』の面白さを再びというほどの作品には出くわしていなかった。だけどこの作品は『樹海戦線』のスケールを大きくしたようなアクション・スリラーで、多少贅肉はつているもののなかなか読ませるのである。

 ポロック作品には兵士たちの陰影のある横顔が必ずと言っていいほど刻まれているのだけど本書も例外ではない。プロットはもう散々出尽くしたようなもので、妻を殺されたデルタフォース出身の男が、犯人を追ううちに国際的な陰謀に巻き込まれるというもの。興味を引くのは、ゴルバチョフ(まさに今日事実上の引退の決意を表明したようだが)陣営と、彼を失墜させようとするKGBの対立というのがこの作品の背景をなしている点。新しい作品だけあって、その世界状況がかなり現在に近いものだけに、こういった点をリアルに楽しみたい読者にとってもなかなか読みごたえがあるはずである。国際状況の分析がかなりきちんとなされているし、それが物語の筋書きと呼応しているから、退屈しない。

 そうした国際謀略ものでありながら、同時に特殊技術を持った者たちの個人的な復讐の物語であり、南米の海岸の豪華クルーザーでの帆走シーン、ニカラグアの密林を舞台にしたリアルな戦闘シーンなども、まさに一気読みしかない高揚感。それでいて前半は87分署を思わせるようなニューヨークの刑事部屋の雰囲気も漂わせてくれるのである。欲張りすぎて雰囲気があまりに多面的に展開しすぎるきらいもあるのだが、冒頭から最終章まで文句なしに楽しめる本であることは間違いないと思う。

 唯一気になる点。原文がそうなのか、訳のせいなのかところどころ説明調の、長くは続かないのだが堅苦しい文章が、少しばかりリズムを壊しているように思えた。

 兵士たちが兵器を駆使して戦うシーンが頻出することで、戦争マニア的な作家とみなし食わず嫌いになられる方もいるかもしれないが、ポロックの兵士観はずっとヒューマンである。単純にものを知らないヒューマニズムではなく、戦争というものの悪と罪とを肌で感じ取ってきたようなリアルで錯綜した手触りのヒューマニズムである。そのあたりが主人公らに移植されている点が、クールになりがちな作品をとてもやさしく仕上げている。

 最後になぜこの本がおもしろいのか? 『樹海戦線』もそうだったのだが、悪役が歯ごたえがあるのである。ポロックには悪役作りになおいっそうの磨きをかけて欲しいと思っているのだが、なんと次作も本書の主人公らしく、敵役がベトナム時代の戦友だそうである。楽しみ!

(1991.12.14)
最終更新:2013年05月02日 21:45