エヴァン・スコットの戦争



題名 エヴァン・スコットの戦争
原題 Karma (1994)
著者 ミッチェル・スミス Mitchell Smith
訳者 布施由紀子
発行 新潮文庫 1997.3.1 初版
価格 \800


 最近は、イギリス冒険小説という王道がやや衰退気味で、代わりにアメリカの死闘小説とでもいうべきものが、幅を利かせ始めている。それはあたかも西部劇映画が現代に帰ってきたかのごとき現象であり、そうした小説中の主人公は闘いを肯定し、己の身や家族や仲間を守るため、死闘の中に身を投じて行く。

 それら死闘小説とでも言うべき範疇の走りになったのが、スティーヴン・ハンターの『ダーティ・ホワイト・ボーイズ』であり、トム・ウィロックスの『ブラッド・キング』であり、この『エヴァン・スコットの戦争』である。どれも1997年の冬から春にかけて邦訳された作品であり、どれもぼくは刊行時に読んでおり、どれもそれなりに面白さと言う意味で非常に高い評価を下している。

 もっともこの作品に関してのみ感想をアップしていなかった。ミッチェル・スミスという作家はご存知94年度『このミス』で一位を射止めた『ストーンシティ』のあの作家である。もはや彼は必読の定番にしている読者も少なくはないと思うが、何しろ前作が刑務所のどろどろした人種葛藤の中を生き抜く一種のサバイバル小説であったのに比して、『エヴァン・スコットの戦争』はだいぶ色合いを異にする。

 相変わらずのバイオレンス描写はともかく、ベトナムで部下を死なせた戦争後遺症に悩む定番主人公であるが、ある犯罪の目撃者としてインド人秘密結社に標的にされる。カーリー女神を崇める闘いの部族ドンド族の殺人鬼が、その先鋒となり一家を狙うが、とにかく組織がらみで主人公エヴァンの周囲を切り崩してくる。そして惨劇の連続。

 あらゆる民族を抱えたアメリカのなかに、別の神を崇める殺人組織があって裕福な白人一家を襲うという図式。戦時に培われた闘争の本能が身をもたげ、思わぬ援助者を連れて闘いの場へと物語が高揚してゆくのだから、相変わらずの一気読み作家ぶりである。

 ハンターといい、このM・スミスと言い、以前の作風とは違って来ていると思う。冒険小説の伝統に見切りをつけ、お得意の西部劇世界を自らの作風にしようという決意が漲っているようにさえ感じられる。

 1997年。まさに、そうしたアメリカ死闘小説が日本に上陸を始めた年であった。

(1999.01.02)
最終更新:2013年05月02日 21:26