仕事くれ。



題名 仕事くれ。
原題 The Job (1998)
著者 ダグラス・ケネディ Douglas Kennedy
訳者 中川聖
発行 新潮文庫 1999.9.1 初版
価格 \933

 『シンプル・プラン』の再来とも言える『ビッグ・ピクチャー』の書き手、D・ケネディの二度目のクリーン・ヒット。とんでもない邦題だけど(まるで「モーニング娘。」)、内容は正統派の大型サスペンスです。
 この作家の凄い点は展開に予断が許されないという一点に尽きる。前作もそうだけど、やはりなんだか小市民的で、人生への割の合わない欲や見栄を持っていて、そのためには多くの人情や真実を犠牲にしそうな、いかにも信頼の置けないいやあな主人公。だからこそ直すべき短所が掃いて捨てるほどあって、それを嫌悪する妻の心情も前作そのまま。この人の書く夫婦は行き詰まっていて、本当にリアルさがあっていやらしいの
だ。

 そして今回は夫婦生活のみならず仕事面での多くの重圧、屈折、汚辱。多くの悩みが前作以上にヒートアップして押し寄せてくる様は、まるでアメリカ版『最悪』!

 それでいて何故か明るい。主人公がセールスマンで、彼の武器は<口八丁>だけ。いやだなあ、この設定……と思いながら読み進むにつれ、主人公は国際的な犯罪ネットワークに巻き込まれてゆく。おお、こういう展開があり、か! と思ったときには既に遅く、主人公は組織にも警察にも追われ、妻には逃げられ、疑われ、孤立無援状態となる。いいなあ、この展開。これまでの嫌悪感がみるみる浄化されていく自分の中で、D・ケネディの魔術ぶりをいつのまにか確信している。いやだなあ。

 最後のど逆転までの展開、そして彼はアンチヒーローどころか「俺はセールスマン」だと叫ぶ。口八丁での売り込みの展開。こんなクライマックスは見たことがない!

 もつれ合って修復のきかなくなった状況。落ちるべきところまで落ちた主人公の四面楚歌状態。こんなところからどんなにして抜け出してみせるか、小市民セールスマン、ネッド・アレンの口上の聞かせどころである。

 ちなみに怪しい銀行<バハマ商業銀行>のオリバー・マクガイアがいかしている。こんなに魅力的な銀行員は初めて見た。

 隙のないディテール。ドラマティックなテンポ。一気に終幕へなだれ込むエネルギッシュな最悪! どこを取っても第一級のサスペンスでありながら、このひねくれ度! 今年のベストを席巻するに違いない屈折サスペンスである。

(1999.09.13)