かくも短き眠り



題名:かくも短き眠り
著者:船戸与一
発行:毎日新聞社 1996.6.25 初版
価格:\2,000

 FADVでの評価は低いけれど、何の何の船戸は船戸、国産冒険小説界の雄である姿は、この作品でも全然変わらず、読んでみて安心しました。なぜこの作品の筋が粗いの? なぜこの作品が連載に加筆していないから駄目って思うわけ? というのがぼくの思い切りの疑問でした。今、このレベルの作品を安定して書ける作家というのは、悲しいかな日本にはそうはいないもの。

 ぼくはこの手の動乱の国を舞台にした国際冒険小説を書ける人は、やはり今船戸しかいないと思う。森詠は最近戦記もの方面に行っちゃったし、藤田宜永、佐々木譲はコンスタントに冒険小説だけ書いている人ではないし、で、やっぱり日本を舞台にした娯楽小説が多い現在、海外方面は船戸に頼りっぱなし、ってのが現状だと思うのである。

 かたや『蟹喰い猿フーガ』が評価を得ていたけれど、ぼくはあちらの方が息抜き作品で、こちらが船戸の神髄だと読んでいるので、全然評価はいいのである。今、この時代、崩壊した国家の廃墟に舞台を据えて、こちらはそれなりの『蟹喰い猿フーガ』が底辺に流れたロード・ノヴェルだと思う。構成的にはコンラッドの『闇の奥』、つまりコッポラが映画化した『地獄の黙示録』。かつての英雄的なスパイ・マスターがルーマニアという闇の奥でドラキュラの息子たちを従えて主人公を待つ、この構成で十分ぼくは船戸ワールドに誘われてしまう。

 こういうストーリーの場合、ルーマニアに消えた上官はよほどの人間でなくてはならないのだけど、このあたりの書き方は船戸は巧いのである。『山猫の夏』然り、『猛き箱船』然り、『緑の底の底』然りである。すべて年長の語り部を上回るサスペンスフルな男の描写が船戸与一という作家を光らせている。その構図がこの作品にあり、またロード・ノヴェル作家の神髄としての舞台の移動がここにある。

 思えば『非合法員』『神話の果て』などの初期作品以来一見ロード・ノヴェルではないけれど、舞台を移動させ、主人公らはどこかに向かう。『炎流れる彼方』然り、『黄色い蜃気楼』然り。何かを追って、あるいは何かに追われて破滅へと激走してゆく。このエネルギッシュな魅力が衰えないからこそ、ぼくは船戸のこの作品を評価している。やはり船戸は唯一無二ではないのか。

(1996/12/01)
最終更新:2007年05月27日 03:23