騙し屋



題名:騙し屋
原題:The Dceiver "Prid and Extreme Prejudice"
作者:フレデリック・フォーサイス
訳者:篠原慎
発行:角川書店 1991年 9月20日 初版発行
定価:\1,500(本体\1,456)


 フォーサイスの新作全4巻と聞いて書店へ飛ぶが、それらしき本は見当たらず。ただ『騙し屋』というハードカバーだけが見つかった。特に(1)とも何とも書いてないただの『騙し屋』。しかし帯を見ると……4部作第一弾となっている。しかも9月より毎月一冊発行とも書いてある。何やら変則的らしい出版姿勢への理解し難い思いを抱きながらレジへ行き、早速家へ持ち帰って読み始める。そこで本の正体はわかった。

主人公はまずサム・マクレディというDDPS(欺瞞、逆情報及び心理。工作部長こと「騙し屋」。彼の聴聞会がとりあえずすべてのプロローグ。そしてこれまでの彼の実績が報告されるシーン。そして本書はその第一話というわけである。要するにこのあと3つほど話が続いて、東西冷戦の終了に伴うマクレディの運命が裁かれることになるらしいのである。という構成なので、プロローグを除けば本書は独立した長編として読める。フォーサイスの長編にしてはちょっと短めで、ストーリーは凝縮されたものだが、一応日本人読者としては長編と捉えてしまう量である。つまり4部作なのである、やはり。

さて内容だが、フォーサイスに何を求めているかによって、読者の評価は分かれるかもしれない。僕の場合はgood!。

時代的には冷戦中の話故に少し古い。少しもタイムリーではない。本当
に聴聞会という形でしか小説化できない種類のものだ。でも「スパイたちへの鎮魂歌(レクイエム)」という表現がぴったりするくらい、この小説はウエットなものだ。マクレディが信頼し、国家間の重要な課題を託してゆくエージェントが、運命に翻弄され傾斜してゆくストーリー展開は、スピーディでリズミカルな語り口の中でくどさやしつこさを排除しながらも、読者を捉えてしまう。不遇としか言えない一瞬とエージェントの愚かさとが運命の歯車を一回転させるシーンが、ストーリーをハイテンポにしてゆき、その辺りから読者は不眠を約束されてしまう。ここがフォーサイスの最大の職人芸だ。

エージェントの運命やマクレディの最後の決断(これが何よりも素晴らしいのだが)に関してはネタバレになるので言い難いが、作品の分量と無縁に「面白さ」が供給される不可思議には、食わず嫌いの読者もつきあって欲しい気がする。要するにこれが世界の作家フォーサイスのエッセンスなのだ。彼の描く決してスーパーマンではないヒーローの庶民性をもう一度見直してもいいのではないかと思うのだ。この本はもう一度言うが、大変ウエットで優しさに溢れたスパイ小説である。また優しさと非情さとが表裏一体になって大変過酷な小説でもある。ウエットな情感をドライに描くという技術はもっと日本の作家に学んで欲しいなあと思うことでもある。

 これでフォーサイスという作家が気に入ったなら、ぜひ長編『悪魔の選択』も手に取っていただきたいと思っています。それにしても、あと3作が毎月読めるとなるとフォーサイス・ファンにとっては幸せな秋になりますね。

(1991.09.20)