蟹喰い猿フーガ




題名:蟹喰い猿フーガ
著者:船戸与一
発行:徳間書店 1996.1.31 初版
価格:\2,200

 船戸与一には怖ろしく生真面目な作品の一方で、『山猫の夏』に代表されるような、娯楽作品としか言いようのない西部劇調の作品群がある。どちらかと言うと各国の先住民族にほんとうの人民史を見つめてきたような船戸の視線と表現への欲求は、こういう作品になるとかなり薄まり、別の娯楽小説作家としての明るく埃っぽい一面が浮き出てくる。

 その娯楽作品群の中でもとりわけ多いのがロード・ムーヴィーならぬロード・ノヴェル。いわゆる複数のいわくありげな人間たちの「道行き」の物語なのだ。『緑の底の底』『黄色い蜃気楼』『炎 流れる彼方』などがそうした作品群だが、とりわけ本作は、そうした娯楽作の中でもスラップスティックな面で際立っていた『夜のオデッセイア』に一番近い。というより、焼き直しとさえ思える。ボクサー崩れは『炎 流れる彼方』以前に『夜のオデッセイア』でも描かれているし、ましてや二人のプロレスラーとなれば『夜のオデッセイア』の今度は女性タッグ版だとでも言わんばかり、オンボロ・リンカーン・コンティネンタルなんていうアメリカ的な巨大車へのこだわりもまた『夜の……』を思わせるではないか。

 そういうわけで船戸にしては『蝦夷地別件』などのリキの入った小説の合間の息抜きに、肩の凝らぬ楽しい作品を書きたいだけ身軽に書いちまえ、とでも言った仕上がりになっている、良くも悪くも船戸流の作品なのだと思う。初期作品群に多く見られたこの粗削りのプロットと言い、完全に遊んでいる多くの会話部分と言い、本当に息抜き的な作品で、読者の側もリラックスできて楽しい。思わず吹き出してしまうおかしな場面も多いくせに、しっかりクライマックスに向けて情念が結集してゆく見せ場なんかも、黒沢娯楽映画に向かうように安心感があって頼もしい。

 そう言えば黒沢明っていう監督も生真面目な作品と娯楽作品を作り分けている。うまい作り手の手になれば、それなりにいろいろな方向が味わえるということか。

(1996/02/10)
最終更新:2006年12月10日 23:46