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蝦夷地別件


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題名:蝦夷地別件 (上下)
作者:船戸与一
発行:新潮ミステリー倶楽部 1995.5.25 初版
価格:各\2,200(本体各\2,136)

 船戸与一と言えば、一方で『山猫の夏』『非合法員』『黄色い蜃気楼』のような純エンターテインメント冒険小説を書いてはいるが、その主たる執筆活動は、むしろ世界各国の先住民族の歴史や現在に眼を向けられたものがほとんどであると言っていい。

 南米・北米のインディオ、 南アフリカ、中近東・・・・ とこれまでの作品のほとんどが、先住民族の血塗られた生き様への傾斜の中で書かれているように思う。「日本は単一民族国家である」と国際的に発言した中曽根の例を見るまでもなく、薄れてきている日本という国家の中での先住民族=アイヌに、船戸が眼を向けないわけがないのだ。行き着く先の必然というのものを作品にとりかかる以前より、ぼくはだから感じていた。

 作者自身、早大探検部OBということなので、世界の僻地へ眼を向ける青春というのも体現したのだろう。この作品中、ずっと事実を歴史を見る、他に何も目的があるわけではない、ただ見ることで生きてゆくという一人の僧が登場するのも、そういった探検部を通じて鍛えた眼差しゆえであろうと思う。この本を通して眼差しを、この事件に向けるのは作者やこの僧に限らず、読者自身である。

 決して堅苦しい小説ではない。それなりに娯楽性をたんと用意してあるし、いつもの如しページターナーぶりで、 全く 2,800 枚という長さも感じないで読めてしまう。それだから、この小説で語られている題材というのが現実の事件であり、歴史であったことには驚きを感じる読者も少なくないと思う。

 例えば、手元にある菊池勇夫『アイヌ民族と日本人』(朝日選書510, 1994.9.25,\1,400) によれば、新井田孫三郎、飛騨屋久兵衛、安部屋伝兵衛、ツキノエ、ションコ、イコトイ、マメキリ、セツハヤフ、シモチ、サンキチなどは実在の人物である。事件そのものも、和人側アイヌ側の殺害された人数、日時に至るまで、かなり史実に即して書かれている。井上靖『おろしや国酔夢譚』で有名な漂流民騒ぎが本書に絡むのもやがては黒船に繋がってゆく歴史的背景と言っていい。概ね日本の現実であったのだと思って欲しい。ただし労咳病みで人殺しの銀次がマメキリの妻を殺害した件や、最終章のほとんどは、船戸なりのバイオレンス脚色らしい。

 今回の作品に地味すぎる傾向や、乗りの悪さがあるとすれば、その辺の史実を骨にしてプロットを組んでいるせいがあると思う。それと読みにくさを敢えて覚悟した上で、三人称でありながら人格に主観を感じさせるロシア語、アイヌ語によるルビの多さというのは、一つの冒険的な手法であるように感じた。リスクは高いが、主に「雨」「風」など自然物の単語を多く言語扱いにした作者の意図は、アイヌ語において、特に激しく感じた。

 最終章が果たして必要だったのかどうか、という点で正直疑問だったが、船戸の怒り、そして無常感ということで、理解しておこうと、ぼくは思った。壮絶な作品であり、自分にとってアイヌ民族は特別関心を寄せている問題であるため、非常にのめりこんだ作品であった。

(1995/06/12)