待たれていた男





題名:待たれていた男  上/下
原題:Dead Man Living (2000)
著者:ブライアン・フリーマントル Brian Freemantle
訳者:戸田裕之
発行:新潮文庫 2002.2.1 初版
価格:各\667


 チャーリー・マフィンの部内での生き残り戦争だけでも、まるで企業内出世小説のように面倒で、ほつれた糸球を解くような神経質なものがあるのに、ナターリアもまた別の省内でのパワーゲームに終始する。せっかくのツンドラから現れた謎の死体たちが、こうした権利争いの中で薄れてゆくのは、もう最近のマフィン・シリーズの定番か。

 また近頃、好評なのがダニーロフ&カウニーという米ロ捜査陣による合同捜査シリーズだが、この色調がついにマフィン・シリーズにも浸透してきたと思われるのが、本作でもある。国際捜査にはその背景となる政治ゲームが必ず駆け引きと言う形で表出する。フリーマントルと言う作家はマクロ的にもミクロ的にもそうした人間関係のせめぎ合いが大好きみたいだから、こういうものを書かせ、それが国際的なものになれば、なおのこと元気になってゆくように見える。

 それ以前の問題なのだが、フリーマントル作品のここのところの翻訳陣はあまりにも悪過ぎる。稲葉明雄に戻せと声を大にして言いたいのだけれど。もともと原文が長文で、関係代名詞を駆使しているのだろうというフリーマントル文体の面倒くささについてはおよそ想像できるし、翻訳の辛さということについても、よくわかるのだけれど、日本文にしてここまで理解不能の文章が羅列されてしまうと、最早小説の翻訳とは呼べないのではないか? こんなことのために、せっかくのチャーリー・マフィンが、何だかあまり真剣に楽しめなかった。翻訳がノイズをもたらす本というのは、けっこういやなものだ。

(2002.12.19)
最終更新:2013年04月30日 17:40