報復





題名:報復 上/下
原題:Charlie's Apprentice (1993)
著者:ブライアン・フリーマントル Brian Freemantle
訳者 戸田裕之
発行 新潮文庫 1998.2.1 初版
価格 各\552


 日本未発表の前作 "Comrade Charlie"(1989) と今月邦訳出版された『流出』(1996)との間のつなぎといった少し谷間の作品と言っていいかもしれない。前作未訳というのがつくづく惜しまれるが、本書では『亡命者はモスクワをめざす』以降のチャーリーとナターリヤとの経緯がサイド・ストーリーとして書かれている。チャーリーとは一見関係のないように見えるナターリヤ側の組織内での暗闘。

 しかしメイン・ストーリーは相変わらず窓際に追いやられているチャーリーが、現場復帰の目処も立たずに、新人教育に取り組む姿である。一匹狼であるチャーリー・マフィンに弟子の教育を任せるというところが読みどころと言えないこともない。事件は一方、中国で進行しつつあり、チャーリーとその弟子を待っている。いつもながらのじわじわとした描写。読者の予測を立てにくく立てにくくと意地悪げにプロットが進む。

 寸断された章立てが、ぼくには逆に楽しかったし、弟子の危機をチャーリーが救いに向かう様は、老犬の格好よさのようなものさえ感じられる。チャーリーの魅力は、いつも読者にさえ意図を隠しつつ一発逆転の必殺技を練ってゆくところであると思う。本書ではチャーリーが事件になかなか関われないために歯がゆい思いを重ねているだけに、最後の速効でのチャーリーのまとめ方はカタルシスがある。

 多くの問題に片をつけるばかりではなく、思いも寄らぬ相手をも葬り去る逆転劇の鮮やかさが本書のすべて。地味で静かなほとんどのページに多くの伏線が張られていた。そして意味深なラスト。ナターリヤとの新展開に期待を込めながら本を閉じると、そこにはすぐにロシアを舞台にした『流出』が待っているはずである。『報復』は極端な新展開を前にした密かで熱い燠火のような作品であったわけだ。

(1999.09.13)
最終更新:2013年04月30日 15:35