流出





題名:流出 上/下
原題:Charlie's Chance (1996)
著者:ブライアン・フリーマントル Brian Freemantle
訳者:戸田裕之
発行:新潮文庫 1999.9.1 初版
価格:各\705


 チャーリー・マフィンのシリーズを現段階で大きく分けると3つに分類が可能かなと思う。『消されかけた男』『再び消されかけた男』のチャーリー・マフィン登場編。人気のあるところである。その後『呼び出された男』『罠にかけられた男』『追いつめられた男』と鳴かず飛ばずの作品でチャーリーの評価は急落した。そしてその後の『亡命者はモスクワをめざす』でこのシリーズは復活する。言わば登場編、凋落編、復活編と大きく3つに分類したいところなのである。
 『亡命者はモスクワをめざす』以降は次第に作品も長編化、大作化し、物語はよりねちねち度を増してきたし、チャーリーの人間関係や組織での立場などは安定していた「凋落編」からは考えられないほど不安定で孤立しているように見える。

 組織での安定度という意味ではそのさじ加減は上司にかかっている部分が多い。だから上司の変遷というのもチャーリーの立場を左右する大きな要素になっている。チャーリーに安定期を与えていたアーチボルド・ウェザビィ卿を今も懐かしみながら、本作ではチャーリーに似たところのある少し偏屈タイプの上司ルパート・ディーンが登場。チャーリーはひさびさに上司を気に入る。

 さて3分類の「復活編」にシリーズとして大きな潮流をもたらしているのはロシアのエージェントであるナターリヤとの私的および公的関係であると思う。その葛藤がこのシリーズをずっと盛り上げて来たと言っていいと思う。前作『報復』の最後を引き継いだ形でスタートする本書では、これまでサイド・ストーリーとして扱われていたナターリヤに関わる葛藤がメイン・ストーリーとして正面から描かれる。『亡命者はモスクワをめざす』以来(未訳の "Comrade Charlie"(1989) がどこまで取り組んでいるのかわからないけれども)。

 というわけで本書はこのシリーズにとっても相当重要な節目になる作品なのだと思う。おまけに本書ではロシアン・マフィアが敵手である。英米がロシアに協力してマフィアの犯罪に取り組む。フリーマントルの警察捜査もの最新シリーズである『猟鬼』に繋がる世界なのである。フリーマントルのロシア傾向が強まっているのは明らかなので、本書は水を得た魚のようにチャーリーが動き回る。

 事件のスケールは巨大で国際的であるにも関わらず、これの中心軸となるのがチャーリーであり、敵とチャーリーとの騙し合いという意味では、まさに久々の大ステージにチャーリーは立つ。鉄壁の罠を用意して敵どもを陥れるチャーリーの手腕に久々に快哉を送ることのできる痛快作だと言える。ナターリヤとの今後についても楽しみであり、「復活編」から新たな4期目に突入する気配を感じさせもする。

 それにしてもロシアという新しい国でありながら広大な未開拓の地。この混沌はここに目をつけた作家たちにとって潤沢な魅力ある土地であるように思えてならない。

(1999.09.19)
最終更新:2013年04月30日 15:30