黄色い蜃気楼



題名:黄色い蜃気楼
作者:船戸与一
発行:双葉社 1992.9.25 初版
価格:\1,800(\1,748)

 船戸ワールドの集大成とも言えた前作『砂のクロニクル』に較べると、この本はまず主張が少なく、 とってもエンターテインメントに徹した新作であった。 中でも目立つのは、構成の妙で、これが物語をとっても読みやすくしている。 ぼくはぐいぐいとカラハリ砂漠の熱砂の中へ引きずり込まれてしまったのである。

 89年に『小説推理』に連載開始されたものでありながら、 作品は92年に幕を開けるので、 すぐに大幅に加筆され、全体の構成も組み直されたものであることがわかる。 船戸作品に共通するメリットは、この辺の完全主義ではないだろうか?  仕上げの丁寧さではないだろうか? 全体を叙事詩のように見せてしまう手腕は前作からきっちりと受け継がれているのである。

 この物語は、これまでの船戸作品で言えば、『猛き箱船』『緑の底の底』の流れであろうと思う。 まず一癖も二癖もある個性的な人物が正も邪も含めて、 呉越同舟する物語。ある種のロード・ムービーとも言えるし、地獄の<道行き>とも言える。 逃亡者と追跡者の相関図はいまさら新鮮味はないのだけど、 船戸の手にかかると、いかにもおどろおどろしい情念の世界が噴出したりして、作家の手腕を遺憾なく見せてくれている。

 とっても面白い作品だけど、 これだとどうなのだろう、真の船戸ファンは薄味と嘆いたりもするのだろうか?  ぼくは船戸はやはり天性の<語り部>だと思っちゃうんだけど……。

(1992/10/11)
最終更新:2006年12月10日 23:42