英雄




ブライアン・フリーマントル 『英雄』
題名 英雄  上/下
原題 No Time For Heroes (1994)
著者 Brian Freemantle
訳者 松本剛史
発行 新潮文庫 2001.1.1 初版
価格 上\705/下\667


 フリーマントルのキャラクターには若さはまずない。その代わり、毎度と言っていいほど必ず見られるポイントは、百戦錬磨の権謀術策、派閥争い、騙し合い。大なり小なりの腹の探り合い。化かし合い。はったり、罠、組織のなかでのサバイバル。そうした人間界の業(ごう)ともいうべき静かで神経質な組織内闘争に、一方で起こる国際的事件が絡んで、ミクロ&マクロのシームレスな葛藤こそが、泥濘のように粘っこく執拗に纏わりつくように描写されてゆく。

 本書は米露それぞれの捜査官を主人公に据えてのダニーロフ&カウリー・シリーズ第二作。遠い国に暮らす二人の捜査官たちが、それぞれの国で抱える殺人を繋ぐ巨大なシステムのギアのような存在を演じて奮戦する物語だ。

 かくも執拗に人間臭いドラマでありながら、フリーマントルが飽くまで描き続けるのは、実は単純明快なヒーロー話でもある。

 チャーリー・マフィンはぎりぎりのところで、いつもヒーローをものにしてゆく天才であったと思う。風采が上がらないだけにその能力の高さに関しては遠慮のない記述でチャーリーをべた誉めしてゆくのがフリーマントルのやり口である。

 こちらのシリーズでも、米露の二人の英雄たちは、重く引きずる日常を抱えながら、最後にはひたすら闘いに身を投じ、何よりも互いを案じるほど優しく、滾り立つ正義感のやり場に身を焦がす。

 チェチェン、そして遠くシチリアを繋ぐマフィアン・ネットワークを壊滅させるために身の危険を侵し、恐怖に震えながら敵陣に乗り込んでゆくダニーロフは、その外見とは裏腹にやっぱり随分と英雄っぽく見える。

 起死回生の挽回に賭ける二人の捜査官の、マフィアどもとの知恵比べは、少し錯綜して難しい部分もあるけれど、十分に練られたプロットの妙を感じさせるし、何よりもこの作家最初の傑作『消されかけた男』に通じる知略の痛快を思い起こさせる。組織に属しながらも結局は個人の能力で切り抜けてゆく男たちを書かせると、フリーマントルの右に出る者はいない。原点回帰みたいな作品だったので、ちょっと嬉しくなった。

(2001.01.)
最終更新:2013年04月29日 23:57