狼殺し




題名:狼殺し
原題:Wolfsbane (1978)
作者:クレイグ・トーマス Craig Thpmas
訳者:竹内泰之
発行:河出文庫 1986.2.4 初版
定価:\700(\680)


 5年前の文庫を今頃初版で買えるんだから、クレイグ・トーマスって売れていないのかな? しかもこの作品は他の作品の解説などでも代表作として扱われ、わりと絶賛されているわけです。それとも河出文庫自体を置いている書店も少ないかな? こんな心配をしても始まらないんだけど、やはり面白い本は売れて欲しい、というのが読者の正直な気持ちで、つい愚痴ってみたくなったりもする。

 さてこの作品クレイグ・トーマスの第三作のため、かなり古い。でもここまでの初期作品ってどれを取っても素晴らしいので、今ぼくはすっかりこの作家が気に入っている。どの作品もストーリー展開や物語の舞台などがまるっきり違う方向に向いてて、なかなかその豊富な物語の種類というのが頼もしい。この作品は、密告されナチスに拷問を受けて九死に一生を得た男が、19年後に密告者たちへの復讐を始めるというもの。実はこれには裏があって彼は最初から操られているのが読者にはわかっている。しかもまたソ連の「もぐら」退治のオペレーションもここに関って来るため、結構複雑な断面を見せてゆく。

  「もぐら」退治に関ってくるのが、「ラット・トラップ」の主人公ヒラー・ラティマーとその上司である常連のケネス・オーブリーであるわけ
で、まあ、一応トーマスの作品はそういったキャラクターの線では、どれもが繋がっているわけである。でもラティマーなどは空港のハイジャックを解決していた時より、なんとなく悩み多き人物になっていてその分ちょっと人間的な弱みを沢山さらけ出してきている、と感じた。もともとトーマスの描くSISの作戦担当者たちって、オーブリーを初めとして、大変屈折していたり、人間ができていなくて感情を爆発させたり、我が侭なことを言って傷ついたりしている。これが、従来のスパイ小説での冷酷非情でいつも余裕綽々たる上司、というイメージとはかけ離れていて、魅力的なのである。

 その余裕綽々たる上司というのがこの本では実に憎々しげに描かれていて、その辺がトーマスのオーブリーたちに与えた人間性とは見事に対立しているのだ。単独の工作員が個人的な復讐に乗り出している描写もさることながら、こういった裏世界の上司たちの描写が少なくないという点は、トーマス作品の際立った特徴である。オーブリーやラティマーやCIAのバックホルツといった常連の人達を葛藤の中に叩きこんで存在感を浮き立たせ、世界の情報組織をより人間の手に委ねているように見えるのである。

 この作品の主人公であるガードナーは、傷だらけだがとてもタフだ。これほど重いスパイ・ストーリーを読んだのはデヴィッド・マレル以来だ。スパイ冒険小説の基本みたいな作品である。

(1991.10.03)