爆魔





題名:爆魔 (上・下)
原題:The Watchmen(2002)
作者:ブライアン・フリーマントル Brian Freemantle
訳者:松本剛史
発行:新潮社文庫 2004.12.01 初版
価格:各\705

 現代のポリティック・スリラーは、今や9.11の記憶なしには語れないだろう。ポリティックとは言いがたい大衆娯楽小説の世界においてもや、ぼくはすでにL・ブロックの『砕かれた街』、マクベインの『歌姫』に、壊されたマンハッタン、世界貿易センタービルの幻に今も生きる人々の姿を見る。心に何かを負って、9.11の前と後とで変化を余儀なくされてしまった多くの人々の肖像を。

 本書は、作品の上では9.11を既に過去のものとして扱われているが、作者が前口上で述べているように、9.11の前に書かれたものであったらしく、9.11の記述は加筆分であるようだ。だがそれ以上に9.11を予言したかのような無差別大規模テロがこの小説では主役だ。

 ダニーロフ&カウリーのシリーズ第三作として読み出したのだが、これまで以上に荒唐無稽にも思われる大掛かりな話なので、もし9.11がなければ、シリーズのファンとしてはとても読んでいられないくらいだ。無差別大スケールのテロのほうが、二人の捜査官たちよりも主役の扱いを受けているかに見える。多くの名前を与えられた登場人物が顔もろくに想像がつかないうちに死んだり去ったりしてゆく話だ。

 もともとチャーリー・マフィンのシリーズがポリティックであり、国際政治の舞台裏を扱うものであったのだが、ジャーナリスト上がりのこの作家の小説は近年、主軸がぶれやすくなっている。元々人間の描写が上手い書き手であるはずなのに、本書のように大スケールになればなるほど、意味のない名前が羅列されているかに見え、大変にわずらわしい。それがロシア名であったりすれば余計に。

 本書では主人公二人に加えパメラという女性捜査官の三名。性格やストーリーを与えられたのはわずかにこの三名だけだっただろう。他はまるで将棋の駒である。シミュレーション戦記小説でも読まされているかのような退屈さ。どれだけど派手な事件を用意されても、この作家のペンは、このようにスピーディな物語には少し合わないのではないかと思えてしまう。

 最後の二行だけがサスペンス作家らしさを表わすすべてであったと思われるが、壮大な二国間の捕物劇も、9.11のリアリティを目にしてしまえばもはや霞むだけだと言わざるを得ない。

(2005/02/07)
最終更新:2013年04月29日 21:27