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サンダー・ポイントの雷鳴




題名:サンダー・ポイントの雷鳴
原題:Thunder Point (1993)
作者:ジャック・ヒギンズ Jack Higgins
訳者:黒原敏行
発行:早川書房 1995.2.15 初版
価格:\1,800(本体\1,748)


 前もって複数の駄作だよとの情報を得ていたし、最近のヒギンズにはある種の諦念といささかの未練をもって望んでいるんだが、この本って、本当にヒギンズの悪いところをある意味で浮彫りにしているし、駄作としての欠点がいやに目についてしまう一冊ではないかと思う。かつて、ヒギンズっていいなあ、と感じていた自分が真実であるのだから、こういう幻滅は痛いものである。

 駄作の要素の最たるものは、この本が、ヒギンズの特徴である現実味のなさ、寓話性、地に足がついていない軽はずみなプロット……といった何点かをあからさまに露出してしまっていることではないかと思う。冒険であればそれでいいのか、という疑問にこの本は反面教師として答えている一冊になってしまっている、ということが皮肉だと思う。

 それから冒険小説の鉄則であるプロフェッショナルはプロフェッショナルらしく、というその点が非常に裏切られた作品でもあると思う。主人公にわざわざ前作では悪党であったショーン・ディロンという元IRAのテロリストを配しておきながら(といいつつ前作のクライマックスもいただけなかったのだが)、敵の側には金持ちギャングとチンピラ犯罪者程度しか置いていない。ましてやその何枚も落ちる敵側の全面的にやりたい放題というやりきれなさ。これはないぜえ、とぼくは思ったのである。

 確かにディック・フランシスの主人公はいろいろやられてみて初めて復讐に乗り出す、遅い、苛立たしいってこともあるかもしれないが、あちらの主人公はみんなアマチュアなんだ。平凡な一般人が巻き込まれるものなのだ。しかしこの主人公は、最初から無茶な飛行シーンで只者ではないことを匂わせているわけだ。しかし、何たるその後のていたらくであろうか。

 それからファーガスン准将。この人は老体なんだから、今まで通りグルカ兵のキムを従えてお茶を飲みながらスパイ・マスター役に徹しいて欲しいのに、本編ではなんとまあ水没する飛行機から脱出までしてしまう。闘いの現場に顔を出して、なんとまあ苦労して得たものを、あっという間に取られてしまうのである。こんなことがプロ集団である彼らに許されるわけかあ?

 ヒギンズの堕落は安易なプロットに平然と居座るところから始まっていると思う。以前の作品飛行ものである『神の最後の土地』、潜水ものである『地獄島の要塞』などは、はっきり言ってスケールの大きな謀略もなければ、込み入ったプロットなど何もなかった。だけどひね切った悪党、人生をずれてしまった野犬のような人間たちと荒々しい自然とを描写し、丹念に描写しまくることで作品を成立させていたように思う。

 これがカリブ海の美しく暖かく呑気な自然に置かれてしまった、スケールだけはやたら大きいくせにきちんと落とし前もつけることのできない謎……なんていう作品の堕落としか言い様のない新作に変わってしまったのだ。ラストシーンがこれまた本当にひどいのだから……。

 ぼくはこれでもヒギンズを長いこと弁護してきたんだけど、こういう本には本当に作家の衰退というものを感じざるを得ない。版元の方も安易なハードカバー作りをやめてもう少し作品の質を吟味して市場に出して欲しいものだ。

 ということでやたら愚痴っぽい感想となってしまいました。

(1995.03.09)