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十二枚のだまし絵



題名:十二枚のだまし絵
原題:Twelve Red Herrings (1994)
作者:ジェフリー・アーチャー Jeffrey Archer
訳者:永井淳
発行:新潮文庫 1994.12.25 初版
価格:\640(本体\621)


 12の短編のうち9篇までが、実際にあったできごとに着想を得た短編だという。出来事といっても、どれも覚えのないもので、ロンドンにでも住んでいなければそれなりに有名なできごととも言えないのではないかと思う。事実をもとにしているせいか、短編として必ずしも面白いものというのは、逆に少なく思えるし、ましてやアーチャーの短編集初体験というぼくにとっては、全体的にこんなものなのかとの思いが禁じ得ない。やはり長編作家なのかなあ、と……。かくいう長編もぼくはほとんど読んでいないので自信なし、だけど。

 一つには短編にしては、書き込みが重厚というか、長ったらしいというか、主題とか落ちに関係のない描写が細かすぎるように思えるわけで、この当たりブロックのあの軽妙洒脱な、しかもぐいぐいとそのテーマに向けて引っ張ってゆく短編集、とは非常に趣を異にしている気がする。英米の違いといえばそれまでだけど、短編はもっとシンプルであって欲しいというのが、ぼくの気分。

 例えば高速道路で殺人鬼に追われる話を例に取ると、その発端はもう最初から高速道路であってかまわないはず。それが最初から、そのヒロインの仕事、地位、またその日の事件の準備的部分といった叙述からこの作家は入るわけである。その辺りがアーチャーの長編作家的生真面目さのような感じもしないではないのだ。読者には意外に短編の場合こういうのが煩わしいものだと思う。

 ラストの一篇は4つの違った結末を持つ前衛的な小説。昔、福永武彦の長編『死の島』が3つの違った終章を用意した前衛小説として、ぼくを驚かせたものだが、その辺りを懐かしくも思い出してしまった。もっともアーチャーの方の内容は買えない。

 長編は巧いけど短編は不得手だという作家もいれば、長編も短編も巧いのだという作家もいる。長編は駄目だけど短編なら任せろという作家もいる。こないだブロックを読んでいた時に感じたのは、スカダーものは一章一章、あるいは一パラグラフ毎が短編小説的に味わえるということだった。細かな部分だけでもそれほど、まとめ方が上手な作家なのだ、ブロックは。短編の巧い作家というのは、この辺の技に秘密があるのかもしれない。

(1995.01.19)